2001年3月18日日曜日

使徒2章43-3章10節「わたしにあるもの」

月報 第12号

 主イエスは生前、弟子の中から十二人(その内の一人は主イエスを裏切ったイスカリオテのユダ)を特別に使徒として選ばれました。使徒たちは最初から主イエスと共にいて、復活、昇天に到るまでの証人でした。そしてペンテコステの日に、主が約束された聖霊が使徒たちに下りましたが、驚いて集まって来た人たちにペテロは説教し、三千人が回心しました。教会では使徒たちが教え、信徒の交わりと聖餐(パン裂き)と祈りが中心でした。持ち物を共有し、心を一つにして神を讃美したのです。そして使徒たちによって多くの奇跡としるしが次々に行われました。これは使徒が主イエスから遣わされた者であることを証し、また、教会がこの世に生まれ根づく大切な時期に、使徒たちに特別に与えられた賜物でした。
 本日の聖書の箇所は、彼らが行った奇跡の一つです。それは使徒たちが喜びに満たされた教会内の交わりだけに留まるのではなく、外の社会に出て行って証しなければならない彼らの使命が示されているように思われます。そしてそれは、彼らの信仰の試練や迫害を受けることにつながりました。しかし教会は彼らのそのような働きによって発展、成長したのです。それが使徒行伝の伝えることです。同時に生前の主イエスが彼らを通して働いておられるのを私たちが見ることでもあります。私たちもまたこのような使徒たちに習い、自分の与えられた今の場で主イエスを証して行かなければなりません。

 ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時、神殿に上りました。彼らが「美しの門」の所にさしかかると、生まれつき足のきかない男が道端に置かれていました。宮に祈るために来た人たちはその人を無視して通り過ぎることは出来なかったでしょう。旧約聖書にはそのような者を憐れまなければならないと書いてあるからです。その男はペテロとヨハネが来るのを見て施しを乞いました。するとペテロはその男をじっと見て「私たちを見なさい」と言ったのです。その男が二人に注目すると、ペテロは「金銀はわたしにはない。しかし、わたしにあるものをあなたにあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言いました。するとその男の足とくるぶしはたちどころに強くなって踊りあがって立ち上がり、歩き始めたのです。
 アメリカにデウット・L・ムーディーと言う有名な説教家がいました。彼がある大学を訪れた時のことです。一部の学生たちは悪ふざけを計画し、彼の説教の途中、一人の学生が包帯を足に巻き松葉杖をついて中央の通路に出て来て、「癒された」と叫んで松葉杖を放り投げ、歩くことにしていました。しかし説教の途中でその本人が回心してしまい、その企ては実行されませんでした。しかし、ムーディーほどの説教者であっても生まれつきの障害者を癒したという話はありません。
 しかし今日でもペテロとヨハネがしたと同じ、或いはそれ以上の奇跡を見ることが出来るのです。そのよい例はマザー・テレサではないでしょうか。彼女はインドの修道院に遣わされましたが、ある日、汽車の中で「もっと貧しい人のために働きなさい」と言う神の声を聞きます。そこで彼女はカルカッタに行き、スラム街を訪れ、そこで会った一人の女の人に最も貧しい子供のところに連れて行くよう頼みます。その人はテレサを一人の女の子のところに案内しました。その子は雨もりのする家の中で泣いていました。マザー・テレサは彼女を抱きしめ、「愛している、あなたを愛している」と語りかけました。そして次に連れて行かれた子供のところでも同じようにしました。毎日このような子供たちを訪れ、午前中は文字を教え、午後は一緒に遊ぶようになりました。彼女の弱い人たちへの働きは、この子供たちのための施設を始め、ハンセン氏病や死に行く者を看取る業などに広がり、施設はカルカッタ周辺だけで八ヶ所、世界百二十ヶ国、五百八十五ヶ所になりました。マザー・テレサに出会った多くの子供たちは彼女の志を継ぎ、後継者となって働くようになりました。最初に抱きしめられた子供はそのような施設の責任者になったとあります。この話は九十八年十月二十五日付けの朝日新聞に「一人で始めた『抱きしめ』」と題して記載されています。貧しいが故に、自分の力で立つことができなかった子供たちが、自分の足で歩けるようになったのです。修道女であるマザー・テレサの全財産は布の袋に入るだけだったそうです。

 私たちも主イエスから同じ愛を受けています。主イエスは私たちの罪のために十字架で死なれ、私たちの罰を御自身で負って下さいました。そしてそれを信じる信仰によって私たちを永遠の命に相応しくして下さったのです。私たちもこの主イエスから与えられた愛を分かち合おうではありませんか。