第125号
アブラハムは今からおおよそ四千年前の人で、出身はカルデヤのウルです。ハランに移り住みましたが、そこで神の言葉が臨みました。神はアブラハムに「子孫」と「土地」を与えること、そして諸国民の「祝福の源」になることを告げられました。アブラハムはその言葉を聞くと妻のサラ、甥のロトと共に行き先が分からないままに旅立ちました。アブラハムはカナンの地に着くと、そこが約束の地であると告げられました。主なる神はアブラハムに夜、テントの外に誘い、あなたの子孫は星のように多くなると言われました。アブラハムはその言葉を信じ、神はそれを義とされました。
その地に飢饉が襲った時、アブラハムはエジプトに行きました。しかし、美しい妻の故に殺されるのを恐れ、妹だと言いました。そのためファラオはサラを自分の妻として宮廷に召し入れ、アブラハムにはたくさんの羊や牛の群れ、ロバ、ラクダ、男女の奴隷を与えました。
アブラハムがしたことはサラへの裏切りであったばかりではなく、神の言葉に対する不信仰でした。自分の命を守ることを何よりも優先させたからです。しかしながらこの危機は神によって解決されました。ファラオと宮廷の人々が恐ろしい病気になり、神はファラオに現れ、サラをアブラハムの元に戻すように命じました。
このような経験をしたにもかかわらず、アブラハムはゲラルに滞在中、同じ過ちを犯しました。その地の王、アビメレクはアブラハムがサラを妹と言うので自分の妻として宮廷に召し入れました。神はアビメレクがサラに近づくことのないようにされ、また、宮廷の全ての女は子を生むことができないようにされました。そして彼女をアブラハムの元に戻すように命じたのです。
サラもまたアブラハムに「子孫」を与えると言われた主の約束を自分なりに解釈しました。既に七五歳を過ぎたサラは、エジプト人の女奴隷ハガルをアブラハムに与え、彼女によって子を得ようとしたのです。ハガルはアブラハムの子を身ごもると女主人を軽んじるようになりました。家庭内の秩序は乱れ、生まれて来た子、イシマエルもサラの喜びとはなりませんでした。アブラハムはイシマエルが約束の子と信じました(創世記一七:一八)。
イシマエルが一三歳になったとき、主が再び現れ、来年の今頃サラに子が生まれると告げました。アブラハムは「百歳と九〇歳の妻に子が生まれるだろうか」と「ひそかに笑」い、サラも自分は年を取り、主人も年老いているのでそのような楽しみはないと「ひそかに笑」いました。しかし、神は彼らに男の子を与え、その子はイサク(笑い)と付けられました。
神の言葉は必ず成就するというのがこの物語の主題です。人間の判断や、努力は必要ないのです。主が働かれるのを待つ、それがわたしたちの信仰なのです。