2004年5月16日日曜日

ヨハネ21章1-25節「わたしを愛しているか」

第50号

 
復活された主イエスは、ガリラヤの海辺で弟子たちにご自身を現されました。そして食事を共にされた後、ペトロに「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われました。ペトロは主イエスが十字架につけられる前、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」と言いました(マタイ二六:三三)。しかし、主イエスが捕らえられると、この人を知らないと三度も否みました。ペトロは「主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えました。主イエスの使われた愛という言葉はギリシャ語で「アガペー」でした。しかし、ペトロは「フィレオー」の愛で答えています。二度目に主イエスは「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」と言われました。ペトロはやはり主イエスのアガペーに対しフィレオーの愛で答えています。三度目に主イエスは「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか」と言われました。主イエスはここではアガペーではなくフィレオーを用いておられます。ペトロは「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたは良く知っておられます」とフィレオーで答えています。

  ペトロは三度も「わたしを愛しているか」と主イエスに言われて「悲しくなった」とあります。主イエスを裏切る前であればペトロはアガペーでもって答えたことでしょう。「アガペー」、それは聖書では神の愛であって報いを求めない愛です。それは、主イエスが十字架で示されたわたしたち罪人への愛です。ご自身に敵対する者への愛は、わたしたちには到底及びもつかない愛です。「フィレオー」の愛は親の子への愛、夫婦の愛、友情などに用いられます。ギリシャ語にはもう一つ「エロース」と呼ばれる愛があります。自分の自我、欲望を満足させる愛です。「フィレオー」にせよ「エロース」にせよ、わたしたち人間の愛は相手が自分の愛を受け入れるにふさわしい者であって初めて成り立ちます。愛は裏切り者に対して注がれることはありません。ペトロは自分には主イエスのような愛がないのを知ったのです。
 主イエスはペトロを三度も「ヨハネの子シモン」と呼ばれました。生前、主イエスはヨハネに「ペトロ」(岩)という名をお与えになりました。しかし、三度まで主イエスを裏切ってしまった彼は、もはや信仰にしっかりと立つ「岩」とは程遠い存在でした。十字架につけられる前までは、他の弟子たちと一緒に神の国の建設を夢見ていました。しかし、今は漁師の子ヨハネに戻ってしまったのです。ペトロは「悲しくなった」のです。

 主イエスを三度否んだペトロは復活の主に会って再び心を砕かれました。わたしたちは主に用いられるためには、心が砕かれる必要があります。モーセはエジプトのファラオの娘の子として育ちました。四〇歳になったとき自分の民であるヘブル人のために立ち上がりました。しかし、彼に続く者はいませんでした。彼はミデアンの地に逃れ、そこで義理の父エトロの羊を飼い、四〇年間を荒野で過ごしました。そこでの生活から忍耐を学び、心が砕かれたのです。使徒パウロもまた主イエスに出会う前、キリスト者を迫害していました。しかし、彼はダマスコに行く途中、主イエスご自身によって「サウロ、サウロ、なぜ、わたしを迫害するのか」と言われ、心を砕かれたのです。
 ペトロはその後、他の弟子たちと共に聖霊を受け、伝道の先端に立ち、大きな働きをしました。伝承によれば、キリスト者への迫害がローマで起こったとき、ペトロは弟子たちの勧めに従ってアッピア街道を下っていました。その途中、主イエスとすれ違ったのです。驚いたペトロは「クオ・バァディス・ドミネ」(主よ、どこに行かれるのですか)と訊ねました。すると主イエスは「わたしはあなたに代わって再び十字架にかかるためにローマに行く」と答えました。ペトロは驚いて主イエスにひざまづき、ローマに戻り、逆さ十字架につけられたと言われています。主イエスを二度と裏切りたくなかったのです。ペトロは「わたしを愛しているか」と三度も言われた主イエスを忘れることは出来なかったのでしょう。

  ヨハネの福音書は「初めに言があった。…万物は言によって成った」ではじまり、「わたしを愛しているか」で終わっています。そして、その中心は「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」ことです。わたしたちの創造者である神がわたしたちの贖罪者でもあります。神は十字架によって真実の愛をわたしたちに教えます。自らの命を棄てることによって、わたしたち罪人に永遠の命を与えられたからです。その神が「わたしを愛しているか」と言われるのです。

 

2004年4月18日日曜日

ヨハネ20章1-18節「わたしは主を見ました」

第49号

〈イースター礼拝〉

 主イエスは十字架につけられ墓に葬られましたが、三日目に甦られました。しかし、復活後は生前とはどこか違っていました。マグダラのマリアは園丁だと思いました。また、ガリラヤに戻り、再び漁師となった弟子たちは、岸辺に立ち、声をかけられた方が誰だか分かりませんでした。そして、エマオ途上にあった二人の弟子も、道中一緒にいたにもかかわらず、その人が主イエスだとは気が付きませんでした。彼らは名前を呼ばれたり、食事の時にパンを裂くその様子を見て、初めて主イエスであることを知ったのです。

主イエスは復活し、まずマグダラのマリアにご自身を現わされました。このマリアは以前、七つの悪霊に取りつかれていました(マルコ一六:九)。彼女は自分の身体を売って生きていたとも言われ、精神的な病で苦しんでいたとも言われています。いずれにせよ、苦しみと暗黒の生活を送っていたことには違いありません。人から生きる価値のない人間だと思われ、自らもそのように認めていたのです。人々から好奇の目で見られ、いとまれ、さげすまれ、笑い者になっていたのではないでしょうか。救いとは縁のない、いや救われるはずのない罪人でした。主イエスはそのような女を救われました。救われたマリアは、誰よりも熱心に、陰日なたなく主イエスに仕える者となりました。持っているものすべてを捧げ、主イエスに従う婦人たちの模範となったのです。しかし、そのような生活は長くは続きませんでした。主イエスは捕えられゲッセマネで十字架につけられたからです。十字架を担いでゴルゴタへの道を歩む後を、マリアは泣きながらついて行きました。マリアをはじめ、主イエスの母等、婦人たちは、主イエスを遠くから見ていましたが、いつしか十字架の下に来て立ちつくしました。墓に葬られた後も、その場を離れることが出来ませんでした。しかし、次の日が安息日であったため、彼女たちは三日目の朝早く墓に再び戻って来たのです。

 主イエスが復活して最初にご自身を現されたのは、母マリアでも弟子たちでもく、マグダラのマリアでした。聖書には幸運の逆転について書かれてあります。人間的に力のある者、豊かな者が低くされ、弱い者、貧しい者が主にあって強くされ、豊かにされるのです。ハンナの歌やマリアの歌、山上の説教に見られます(サム上二、ルカ一:四六~五五)。聖書に出て来る偉大な人は、主によって強くされ大きな働きをしました。マグダラのマリアもまた、主イエスに出会い力強く生きることができるようにされたのです。
 復活とは死んでいた者が生き返ることですが、それはマグダラのマリアだけではありません。主イエスと一緒に二人の男が十字架につけられましたが、その内の一人は主イエスに「この方は何も悪いことをしていない」、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言いました。すると、主イエスは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われました(ルカ二三:四一~四三)。この人もまた、十字架の上で死んでいたのに生き返ったのです(ルカ二三:四〇~四三)。同じように主イエスの十字架の出来事を見ていた百人隊長も「本当に、この人は正しい人だった」と告白し救われました(ルカ二三:四七)。この人もまた生き返ったのです。アブラハムも同じです。主から一人息子のイサクを焼き尽くす献げ物としてささげるように命じられたとき、彼の心は死にました。そして、三日後、目的地に着き、まさにイサクに手をかけようとしたとき、主は代わりの羊を与えられました。アブラハムは主に会って生き返ったのです(創世記二二章参照)

 マグダラのマリアは「わたしは主を見ました」と告白しました。主イエスはすべての人にご自身を示されたわけではありません。マリアは復活の主イエスに「マリア」と呼ばれて、初めてその人が誰であるかに気が付いたのです。主イエスは多くの人の中から「アブラハム」を、また「モーセ」、「サムエル」、「サウル(パウロ)」を呼ばれてご自身を示されたのです。
 主イエスに出会った人は生き返るです。主イエスは今も生きておられます。それは、主イエスが十字架の死から復活されたからです。主イエスの復活こそキリスト教の要です。復活なくして主イエスへの信仰は生まれません。わたしたちもまた復活の主イエスに出会い、マグダラのマリアと同じように「わたしは主を見ました」と告白するのです。そして「主から言われたこと」を宣べ伝えることにより救われます。主イエスを信じる者は、この世で生きるだけでなく、死から復活し、永遠の御国で再び主イエスにまみえることが約束されているのです。

2004年3月21日日曜日

ヨハネ18章38b-19章16節「王と自称する者」

第48号
 
 ユダヤ人指導者たちは主イエスを捕え、最高法院で裁くために大祭司カイアファのところに連れて行きました。自らを神の子としたその罪は死に値したのです(マタイ二六:六六)。しかし、彼らはその判決に従ってすぐに主イエスを処刑することはしませんでした。死罪でも極刑である十字架刑でなければならなかったのです。誰でも木にかけられるものは神に呪われたもので、そのような者がメシアであるはずはなかったからです(申二一:二三)。彼らは主イエスをローマ総督ピラトのもとに連れて行き、政治犯として裁くための正式な裁判を求めました。十字架刑に処することが出来たのはローマの裁判だけだったからです。
 ローマ総督ピラトは主イエスを見たとき、これはユダヤ人の宗教的な事柄であって、彼はローマ帝国に反逆する罪を犯してはいないことをすぐに見抜きました。だれでも無実の人を十字架につけたくはありません。ピラトは主イエスに茨の冠をかぶせ、紫の服を着せ「見よ、この男だ」と皆の前に引き出しました。そして三度も「わたしはこの男に罪を見いだせない」と繰り返しました。また再三、この男は「あなたたちの王だ」と言い、自分たちの問題は自分たちで処理するように求めました。しかし、ユダヤ人指導者たちは民衆を扇動し、「十字架につけよ、十字架につけよ」と騒ぎたて、そして「王と自称する者は皆、皇帝に背いています」、「わたしたちには皇帝のほかに王はありません」と叫び、ピラトがこの男を赦すなら彼自身もまたローマ皇帝に敵対することになると脅迫したのです。
 エルサレムの治安の維持こそローマ総督ピラトの務めでした。民が暴動を起こすなら責任を問われ、その地位を失いかねません。また、ローマ皇帝は神とされ、それ以外の者が自分を王、あるいは神とするなら皇帝に敵対する者と見做されたのです。ピラトはローマ総督の地位を失う危険を冒してまで主イエスを救うことは出来ませんでした。そして、それが明白な証拠もなく、主イエスをローマ帝国に反逆する政治犯として訴えたユダヤ人指導者たちのねらいでもありました。ピラトは彼らの要求に屈して、無実の主イエスを十字架に引き渡してしまいました。

 主イエスは自らを神の独り子とされ、神の権威で律法を解釈されて人々に教えられました。つまり神を愛し人を愛することがどのようなことなのかを説かれ、罪人の友となり、その家に入って一緒に食事をされました。また病気の人を癒され、自然を支配する力を示されました。しかし、ユダヤ人指導者たちの考えによれば、メシアはダビデのように王としてユダヤをローマ帝国から解放し、その神の国は世界に広がるはずでした。しかしながら、主イエスはそのような王として立ち上がることはなされませんでした。また、弟子たちにも剣を持って戦うことは赦されませんでした。このようなメシアはユダヤ人指導者にとって、「王と自称していた者」にすぎませんでした。そしてそれは、神を冒涜するものでした。そして、ユダヤ人指導者たちは多くの民が主イエスをメシアと信じ、自分たちから離れていったとき、主イエスをねたみ、恐れ、殺すことを決意しました。彼らもまたローマ総督ピラトのように指導者としての地位や名誉を守るため主イエスを十字架に引き渡したのです。

わたしたちの思い図ることは常にこの世のことです。ユダヤ人指導者だけでなく、三年間、主イエスと寝食を共にし、教えを受けた弟子たちですら、主イエスがいつ立ち上がるのかと、この世に神の国が来るのを待ち望んでいました。その意味で誰一人として主イエスを理解していた者はいませんでした。
 わたしたちは地位や人々からの賞賛を求めて生きようとします。しかし、本当は死んで神の前に立った時「忠実な良い僕だ。よくやった」と言われるほうを大切にして生きなければならないはずです(マタイ二五:二一)。この世の目で見るなら主イエスは「王と自称する者」にすぎなくなります。しかし、心の目で見るなら、主イエスはわたしたちの「王」であり、メシアなのです。世界中で読まれている童話、サン・テグジュペリの「星の王子さま」では、きつねは「心でみなくちゃ、ものごとはよく見えない」と言い、王子さまも「目はなにも見えないよ。心でさがさないとね」と言っております。目で見えない霊の世界に大切なものが隠されているのです。
 弟子たちが主イエスを「王」として理解するにはペンテコステの日を待たなければなりませんでした。その日以降、わたしたちは聖霊が人の内に住まわれることによって、その人を支配される主であり神であることを知らされたのです。

2004年2月15日日曜日

ヨハネ16章16-33節「わたしは世に勝っている」

第47号

 
 主イエスに出会った時、弟子たちは招きに応じてそれぞれの家族や仕事を棄てて従いました。神の国のためとはいえそれは大きな決心でした。しかし、主イエスに従っている間に彼らの心には棄てた以上の大きな希望が、いや野心といってもいいほどの夢を持つようになります。主イエスを知れば知るほど、このお方は確かにメシアだ、神の子だと確信を深め、そして自らの命を掛けてもこのお方を助け、この地上に神の国を建設しなければならないと思うようになったのです。それは、具体的にはローマの植民地になっていたユダヤの開放でした。ローマから独立させ、貧しいもの、障害のある者、虐げられている者、そのような弱い人たちが安心して生きていけるような社会をつくることでした。そしてそれはユダヤ人議会、すなわち大祭司を中心とする祭司や律法学者、サドカイ派、パリサイ派の人々ではなく主イエスが王として支配し、自分たちがそれを支える社会でした。そのような弟子たちに主イエスはその時が来たと言いました(一二:二三)。弟子たちの心は高揚し、これから生まれる神の国のことを思って身震いさえしたことでしょう。

  しかし、主イエスは弟子たちに「しばらくすると、あなた方はもうわたしを見なくなる」と言われたのです。あなたがたは「泣いて悲嘆に暮れる」、「悲しむ」、「苦しむ」とも言われました。弟子たちは「何のことだろう。何を話しておられるのか分からない」とささやき合いました。「その時が来た」それは主イエスだけが御存知の十字架の時でした(一六:四)。それは弟子たちにとって自分たちの夢が挫折してしまう時でした。更に、主イエスを「わたしはこの人を知らない」と否認してしまうその時だったのです。三年間も寝食を共にし、教えを受け、仕えてきた師を裏切ってしまったら、それから先どのようにして生きていくことが出来るでしょうか。それだけでなく主イエスを十字架につけたユダヤ人たちは弟子たちの命をも求めるに違いありません。銀三〇枚で主イエスをユダヤ人に売ったイスカリオテのユダは自殺によって自分で自分のしたことの決着をつけました。主イエスを裏切ったことではユダも弟子たちも五十歩百歩です。取り返しのつかないことをしてしまったのです。ユダと違ったのは、苦難の中にあっても彼らにはなお仲間がいたことと復活の主イエスが力づけておられたことにあります。彼らは主イエスに守られていたのです。
 それらのことは神である主イエスには全てお見通しでした。「またしばらくすると、わたしを見るようになる」、「わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる」と言われていたからです。

  主イエスについて知ることと主イエスを知ることとの間には大きな違いがあります。弟子たちは三年間、主イエスの教えを聞き、しるしを見てきました。主イエスの身近にいたにも関わらず、真の意味で主イエスを理解していませんでした。この地上に神の国がつくられるものとばかり思っていたからです。主イエスが十字架につけられ、三日目に甦り、天に上り約束の聖霊を受け、それを弟子たちの心に注がれた時、彼らははじめて主イエスがどのようなお方なのか、そして生前の約束がどのようなものであったのかを知ることが出来たのです。主イエスが「はっきり父について知らせる時が来る」と言われていた通りです。主イエスを知るためには信仰によって、自らの救い主として心の中に受け入れなければならないのです。
 ペンテコステの出来事こそ、主イエスが「わたしは再びあなたがたと会う」と言われたその約束が守られた日です。自らの力で生きることの出来なくなった弟子たちは、主イエスの命を与えられ、再び生きることが出来るようになりました。
 「あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」、主イエスはご自身の十字架の向こうに復活の命があることを御存知でした。それだけでなくご自身の十字架により、多くの人に命を与えることの出来る霊になられることを御存知でした(1コリ一五:四五)。それ故「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる」のです(一六:七)。
 わたしたちも弟子たちと同じように、自分の力で生きることが出来ない苦難の時こそ主イエスに助けを求め、祈る時です。その時、イエスがわたしたちの心の中に入って来てくださり、わたしたちに代わって生きてくださるからです。主イエスがわたしたちの心の内に住まわれる時、誰でも新しく創造された者となります。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じるのです(Ⅱコリ五:一七)。この主イエスによってわたしたちもまた世に勝つことが出来るのです。

2004年1月18日日曜日

コリント二5章11-21節「新しく創造された者」

第46号

 <新年礼拝>

 年賀はがきは書くのは大変ですが、もらうのは結構嬉しいものです。特に日ごろ連絡を取り合うことのない古い友人からのは、元気でやっているなと思い、かっての思い出にしばし浸ることになります。そのような一つに以前の職場の上司からのがありました。会社でしかるべき地位を得、経済的にも家庭的にも恵まれた人生を送られて来た方でした。しかし、賀状を読みますと、最近は年を取り、病院通いも多くなり、精神的な不安を覚えるようになったとあり、特に、死を迎えるその時の精神状態はどうなのだろうと考えるようになった、と書かれていました。

 わたしたちはどのように素晴らしい人生を歩もうとも、キリストに結ばれていないなら人生の行き着く先は結局、不安なものとなってしまいます。人生の意味を見い出すことなく、一生を終わらなければならないからです。人生の意味とは、どこから来てどこに行くのか、そして何をしなければならないのかということですが、それは神を知ることによって初めて明らかにされます。
 永遠と有限、創造者と被造物の間には超えることの出来ない断絶があります。しかし、神は最初の人であるアダムとエバを神に似せて創られ、御自身との交わりの中に置かれました。しかし、アダムとエバは神に罪を犯すことにより神との交わりは失われたのです。聖なる神と罪なる人間との間にも超えることの出来ない断絶が生まれました。人間は自分の力、すなわち知恵や知識、経験によって神を知ることは出来ません。そしてその罪のゆえに、人は神の裁きの下にあるのです。罪によって生じた神との敵対関係の和解には仲保者が必要とされます。信仰の父、アブラハムは人と神との仲保者が与えられるのを信じ「主は備えてくださる」と言い、ヨブもまたどのような信仰も苦難も神に達することが出来ないのを知って「あの方とわたしの間を調停してくれる者、仲裁する者がいるなら」と言っております(創二二:一四、ヨブ九:三三)。しかし、神は時いたって人間との和解をもたらすために御子、主イエスをこの世に遣わされました。仲保者なる主イエスは神であるがゆえに少しの罪も犯されませんでした。それ故、天の父はその生涯を全く清いものとして受け入れることがお出来になったのです。しかし、同時に仲保者として主イエスは人でなければなりませんでした。人と同じ誘惑を受け、人の弱さも知っておられる方でなければならなかったからです。神であり人である主イエスが十字架上でわたしたちの罪を贖われたのです。そして死から復活され、父の御許に上られすべての人を生かす「霊」となられたのです。「『最初の人アダムは命のある生き物となった』と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となった」とあるとおりです。(Ⅰコリ一五:四五)。主イエスを信じる者は誰でも主イエスの霊を受けることが出来るのです。この霊を受けた者こそ「キリストと結ばれる人」で、「新しく創造された者」なのです。主イエスは天の父の御許から来られ、父の御許に戻られることを御存知でした。そしてこの世で何をしなければならないかをはっきりと知っておられました。それは神の栄光をあらわすということです。主イエスと結びつくことによってわたしたちもまたどこから来てどこに行くのか、何をしなければならないかを知るようになります。

 「新しく創造された者」に主イエスは生きる使命を与えられます。それは和解の使者となることで、主イエスと同じ仲保者の役目です。今日の社会ほどこのような仲保者が求められる時代はないでしょう。科学技術の進歩とは対照的に、人々の愛は冷え、生きる意味が見失われ、犯罪は増加し、自殺者が増えています。世界のいたるところで、イスラム教徒とユダヤ教徒、キリスト教徒が敵対し戦っています。肉親を殺された人々は多く、和解への道は絶望的に思われます。唯一の調停国たりえるアメリカもまたイスラエルよりの立場を鮮明にしたためイスラムの国々の反発を受けています。それに加え、石油、武器、覇権といった利権が絡み合っています。また南北間の経済格差は益々大きくなり、広がる貧富の差も人々の断絶を大きくしています。同じことが国の中にも、社会にも家庭にも見られます。断絶は他人だけでなく親子の間にも多く見られ、時に我子を暴力で死に至らしめる例すらあります。このような断絶の時代にあって教会、そしてキリスト者の使命は大きいと言わざるを得ません。主イエスが自らの命を棄てることによってわたしたちを神と和解させたように、わたしたちもまた神と人との和解のため自らの命を棄てることが求められているからです(マタ一六:二四)。それは狭い道であって、「新しく創造された者」だけが歩むことの出来る道なのです。

2003年12月21日日曜日

マタイ1書18-25節「その名はインマヌエル」

第45号

 <クリスマス礼拝>

 クリスマスの出来事、それは神であられるキリストが人の救いのために人間の姿をとってこの世に来られたということです。それは創造者が被造物であるこの世界に入って来られた、あるいは、永遠と有限が接点を持った、などと表現できるかもしれません。
 マリアは聖霊によって身ごもりました。天使ガブリエルはマリアの婚約者であるヨセフにもその事実を夢で告げました。主の言葉には力があります。主の天使を通して直接聞かされた神のことばを疑ったり無視することはできません。ヨセフは天使の言葉どおりマリアを妻にし、生まれた子をイエスと名付けました。イエスは「神は救われる」という意味です。主の天使の「この子は自分の民を罪から救う」の言葉をヨセフは信じ受け入れたのです。
 このクリスマスの出来事は、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」と預言したイザヤの言葉の成就でもあります(イザヤ七:一四)。イザヤはユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世、すなわち紀元前八世紀後半、主イエス誕生の七百年前頃活躍した預言者で、インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味です。

  ローマ皇帝アウグストゥスの人口調査の勅令によりダビデの血筋であったヨセフはマリアと共にベツレヘムの町に上り、そこで主イエスが産まれました。その後、彼らは郷里のガリラヤのナザレに戻りました(ルカ二:一、三九)。
 ナザレを訪れたことがありますが、主イエスの時代とさほど変わらないと思われるのどかな村でした。村は丘の上に建てられ、ガイドの説明では主イエスが育った家とみなされるところは洞穴の一つで、数家族が一緒に生活していたといいます。石や木の家に住むことは、その頃は金持ちにしか出来なかった、と言っていました。きっとそのような生活が普通で、隣同士助けあって生きていたのでしょう。大工であったヨセフは主イエスがその仕事を継ぐことが出来る頃に亡くなったと思われます。主イエスの公生涯は三十歳頃始まり三年後の十字架で終わり、復活とペンテコステの出来事がそれに続きます。
 仮にマリアが自分の人生を回顧し、一言で表現するとするなら「神は我々と共におられる」ということだと思います。神がヨセフとマリアに、ご自身の独り子を託されたことは彼らにとってどれほどの栄誉なことだったでしょう。しかも十字架につけられた我が子によって罪が赦され、永遠の命の希望を持つことの出来る者にされたのです。
 マリアやヨセフと同じ時代を生きたガリラヤやユダヤの人たちにとって神の御子の誕生はどのような意味を持ったのでしょう。大多数の人は自分たちの生活に追われ、主の御降誕には無関心だったのかもし知れません。そしてまた、多くの人にとって主イエスが神の子とは信じられなかったことでしょう。しかし、主イエスに出会って変えられた人もいたのです。病気や生まれつき障害のある人、貧しい人、弱い人、社会の底辺に生きた人たちです。彼らは主イエスに出会って癒され、喜びと平安、希望を与えられました。そして主イエスの十字架と復活により自らの罪が赦され、「神は我々と共におられる」との確信を与えられたのです。
 今日に生きる私たちも同じです。主イエスを神の子と信じない多くの人の中で、わたしたちは小さな群れですが、主イエスによって見い出され、信じる者とされたのです。信じた後も弱いままで何も変わらないかも知れません。しかし、その心には主イエスが宿っているのです。

 

ハイデルベルク信仰問答の第一の問いは「生きるにも死ぬるにも、あなたの唯一の慰めは、何ですか」です。その答えは「…わたしの体も魂も、わたしのものではなく、主イエス・キリストの所有(もの)であるということです」とあります。言葉を変えるなら「神は我々と共におられる」ということではないでしょうか。

クリスマスの出来事、それは聖霊がのぞんで、神のいのちがマリアの体に宿り、御子がこの世に生まれてきたということです。同じようにわたしたちの心にも聖霊がのぞんでキリストが宿ったのです。「神は我々と共におられる」その体験をした人はマリアが聖霊によって子を宿したことをあり得ないこととは思わないでしょう。はじめもなく終わりもない創造者なる神がわたしたちの心に宿り、わたしたちもまたこのいのちによって永遠に生きる者とされているからです。

クリスマスは救い主がわたしたちに与えられたのを喜び、感謝する日です。そして、それと共に教会にこの救い主によって救われた新しい兄弟姉妹が加えられるのを感謝し、喜ぶ日でもあります。

2003年11月16日日曜日

ルカ24章44-49「罪の赦し」

第44号

〈召天者記念礼拝〉

 主イエスの言われる聖書とは旧約聖書のことで、モーセの律法、預言者の書、詩編のことです。旧約聖書は古くからイスラエルに伝わる神の啓示による伝承を主イエスが生まれる八百年から四百年前頃までにまとめたものです。主イエスは聖書の中でメシアすなわち御自身について書かれてあることは全て実現すると言われました。その中でも特に苦難と復活をあげておられます。弟子たちによって書かれた新約聖書もまたはじめから終わりまで主イエスについて、そして特に苦難と復活を証しするものです。

 主イエスの受けられた苦難はイスラエルの指導者のねたみによるものでした(マタイ二七:一八)。彼らはイスラエルの民の気持ちが自分たちから離れ、主イエスを神として受け入れ始めたのを知りました。何とかしてそれを妨ごうとし、結果的にローマ総督ポンテオ・ピラトに引渡し、ローマに反逆する政治犯として十字架で処刑するよう求めたのです。木にかけて殺されるものは呪われた者であって、そのような者が神の子であるはずはなかったからです(申二一:二三)。しかし、主イエスの苦難を見るときそれはねたみだけでなくわたしたち人間の普遍的な罪の故だったことが分かります。
 ユダヤ人指導者たちは主イエスが彼らの王となることによって自分たちの地位、名誉、財産を失うのを恐れました。また、イスラエルの民は神である主イエスが奇跡を行って自分たちの衣食住を満し、病気を癒すよう求めました。彼らは主イエスが自分たちの言うことを聞く限りにおいて王として敬い従うのですが、要求が満たされない時、主イエスを拒否するのです。その結果、彼らもまた指導者の扇動に乗って主イエスを十字架につけるように求め、「神の子なら、自分を救ってみろ。…十字架から降りて来い」と嘲弄しはじめたのです(マタイ二七:四〇)。主イエスの弟子たちはどうだったでしょうか。彼らは神の国の実現に自らの命を懸け、主イエスに従いました。しかし、それはあくまで自分たちの夢を実現してもらうためであり、それが適わないと知った時、あの人を知らないと否認したのです(ルカ二二:五七)。
 主イエスの苦難を見るとき、わたしたち人間はすべて、突き詰めてみると自分中心に生きているのを知らされます。主イエスが天の父の御心を知ってそれを御自身の意思とし、それに従うのを喜びとしたのと全く違います。わたしたちは神の支配を望まず、今の自分を変えたくないのです。自分が神であるためにはまことの神をも殺してしまうのです。
 そのような身勝手なわたしたちの罪を赦されたのが主イエスでした。主イエスは十字架でわたしたちの罪を贖われたからです。ギリシャ語で「贖う」とは市場で売られている奴隷をお金で買って自分のものにすることです。罪に売られ、罪の奴隷となっているわたしたちを主イエスはご自身の尊い血潮でもって買い取り、神のものとしたのです。十字架の出来事はわたしたちの罪が神の命と引き換えに清くされたということです。
 復活もまた主イエスにより実現されました。聖書は、死は人類の祖先であるアダムとエバが神の戒めを破ったことによりこの世に入ってきたと教えます。従って死は罪の結果で、罪がなければ死はなかったのです。しかし、神である主イエスには少しの罪もありませんでした。そのため、死が主イエスを支配することは出来なかったのです。それが復活の出来事です。しかし、人でもあられた主イエスは人の弱さを御存知で、わたしたちと同じように罪の誘惑に会われたのです。その主イエスがわたしたちの罪を贖われたが故に、わたしたちもまた復活することができるのです。

 主イエスの苦難と復活はわたしたちに永遠の命が確かであることを教えます。しかし聖書を知識として読んだだけでは救いにいたることは出来ません。救われるためには悔い改めが求められるのです。悔い改めとは自分中心に生きていたその罪を認め、これからは神中心に生きる決心、すなわち回心することです。そうすることによって初めて救いが自分のものとなるのです。そして悔い改めた時、わたしたちは主イエスが約束された聖霊を受けるのです。それは古い自分に死んで新しい自分に生まれ変わることです。そして、その人は神によって新しく創造された者であって、死んでも生きるのです(Ⅱコリ五:一七)。
 召天者記念礼拝は、既に御許に召されている方たちの信仰を想い起こし、自分の与えられている信仰を確かなものとし、再会する希望を新たにすることに意味があります。それはご自身の苦難と復活により、わたしたちを永遠の命に適うものとしてくださった主イエスに感謝する機会でもあります。