2014年4月20日日曜日

マルコ14章32〜42節「この杯を取りのけてください」

第168号

 十字架につけられる前晩、主イエスはエルサレムにある家の二階で弟子たちと過越を守られました。食事中、主は弟子たちの足を洗われました。その後、ゲッセマネの園に行かれました。そこからマタイとヤコブとヨハネを伴われ、さらに祈るため彼らからも離れ、一人になられました。
三年前、主イエスはヨルダン川で預言者ヨハネから洗礼を受けた後、荒野で四○日四〇夜サタンの誘惑を受けられました。最初の誘惑は石をパンに変えたらどうかと言うものでした。当時の世界には満足に食べることも出来ず、餓死する人が多かったのです。そのような人たちを顧みず伝道することに迷いがあったのでしょう。第二の誘惑は、主イエス御自身が神であることをはっきりと人々に示すことでした。最後の誘惑はこの世の栄華を自分のものにするということでした。主はこれらの誘惑を退けられました。公生涯に入られると、多くの人たちが主のもとに集まって来ました。しかし、フィリポ・カイザリアを訪ねた時を境に、主イエスは弟子たちに御自身がこの世に来た使命を語られるようになりました。それは苦難を受け十字架につけられ、三日目に復活するということでした。しかし、弟子たちは一人としてそのことを理解出来ませんでした。そして、ついに「その時」が来たのです。

「油の圧搾(機)」を意味する「ゲッセマネ」はオリーブ山のエルサレム側の麓にある園で、今でも樹齢数百年のオリーブの巨木が老い茂っています。主イエスの祈りは「アッバ」で始まりました。アラム語で「お父さん」の意味です。アラム語はアッシリアからイスラエルの地にかけて広く使われていた言語で、ヘブル語はその方言です。新約聖書は全てギリシャ語で書かれていますが、主イエスはアラム語を話されたのです。主は最初に「あなたは何でもおできになります」と言われ、次に「この杯をわたしから取りのけてください」と祈り、最後は「しかし、わたしの願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と締めくくっています。この祈りを一つの言葉として読むなら、どのようなことでも従うという天の父への従順を表しています。しかし、このように三つに分けて読むならば、主イエスは先ず「この杯をわたしから取りのけてください」と祈ったことになります。その祈りに天の父は答えられなかったのです。それ故、主は天の父の御心に従ったのです。
主イエスの時代より二千年前、信仰の父、アブラハムは神からイサクを焼き尽くす捧げものにしなさいと言われました。イサクは神の約束が百歳になって成就した一人子です。何故、成長した今、その子を捧げなければならないのでしょうか。このことはわたしたちに「受難」とは何かを教えます。「受難」は理性的に納得が出来るとか、肉体的、精神的に耐えられるというものではないということです。
主イエスは神の子であり、少しの罪も犯されませんでした。神が聖であり、義なるお方であるなら、無実な者を罪人として十字架につけることなど出来ないはずです。もし死が命の消滅であって、自らの存在が無に帰することであったとしたら、その空しさに耐えることは出来ません。まして、罪の裁きが伴うのであるなら、なお耐えられないものとなります。罪が自分のものだけであっても耐えられませんが、全人類の罪を御自身で負うのであれば、その裁きはどれほど大きなものであるかは想像を絶するものがあります。
主イエスは世の初めから天の父と共におられました。死は罪の裁きであって、父との断絶であるなら、その苦しみ、悲しみ、恐れはどれほどのものであったかはわたしたちには理解することは出来ません。同時に、その断絶は神とだけではなく弟子たちとの間のことでもありました。この地上で三年間、主イエスと弟子たちとは歩みを共にしました。しかし、彼らは主を理解することは出来ませんでした。主は誰からも理解されず、ただお一人で受難を受けられ、十字架に付けられたのです。

死はわたしたちにとってある意味で自然なことです。誰でも死ななければならないからです。ギリシャ哲学では人間は霊魂と肉体から成ると教えます。肉体は死んでも霊魂は生き続けるのです。もしそうであるなら、死はこの世との断絶ではなく連続となり、死の不安は取り去られます。死を恐れなかったギリシャの哲学者ソクラテスの最後は有名です。それに引き換え主イエスの死はあまりにも苦しく、悲しく、恐ろしいことでした。
その違いは、キリスト教は人間を霊魂と肉体の二つに分けて考えることはしないことにあります。死は人が犯した罪の結果この世に入って来たものであって、死は決して自然なものではありません。神は生ける者の神なのです。死からの解放こそ、主イエスがこの世に遣わされて来たその理由です。このお方が十字架でわたしたちの罪の身代わりとなられたのです。わたしたちの罪を主イエスが全て負われ、それによってわたしたちは生きる者とされたのです(一コリント六章二〇節)。死はもはやわたしたちを支配することはないのです(ヨハネ一六章三三節)。
天の父は十字架の前夜、ゲッセマネの園で「この杯を取りのけてください」と祈られた主を三日目に墓から復活させ、わたしたちの復活の初穂とされたのです。

2014年3月16日日曜日

マルコ1章12〜15節「神の国は近づいた」

第167号

去る三月十一日に東日本大震災から三年目を迎えました。地震が起こったのは丁度、神学校で卒業式に出席している時でした。それから十日後に仙台と石巻に行きましたが、そこで目にした光景は忘れることは出来ません。このような災害を前にして、わたしたちは「どうして」と問わざるを得ません。この世に何故このような災害や苦難があるのでしょうか。そのことも心に留めながら今日の御言葉に耳を傾けたいと思います。
 初めに「それから」とありますが、それは前に書かれている九節から十一節までを受けています。そこには主イエスがガリラヤのナザレを出て、ヨルダン川で預言者ヨハネから洗礼を受けられ、水から上がると天から「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」と言う声があったことが書かれています。主イエスは罪のないお方であるにも拘らず、「悔い改めの洗礼」を受けられ、わたしたちと同じ罪人の一人となられました。そして、天の父ご自身に我が子であると宣言されました。このようにして主イエスは公生涯の始めに、人であり神であることを明らかにされたのです。そして、そのことがそれからの歩みが十字架に至る道であることを教えています。
 主イエスは、「霊」によって荒れ野に導き出されました。「霊」とは「聖霊」であり「主の霊」、「神の霊」です。荒れ野でサタンから受けた誘惑は、石をパンに変えたらどうか、高い塔から飛び降りて神を試みてはどうか、サタンに跪くなら世の栄華を全てあげようと言うものでした。この誘惑は最初の人であるアダムとエバへのサタンの誘惑に対応するものです。彼らは誘惑に負けましたが、神である主イエスは打ち勝ち、サタンを退けられました。
 その後、主イエスは伝道の生涯に入られました。その宣教活動の中心はガリラヤでした。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と人々に宣べ伝えたのです。

 「神の国」の「国」にあたるギリシャ語は「バシレイア」で、その意は「王国」であり「支配」です。従って「神の王国」、「神の支配」です。ヨハネは「悔い改めの洗礼を宣べ伝え」ました。人々はそれまでの罪を悔い改め、洗礼を受けることによってその罪が赦され、それ以後は罪を犯さず正しく生きることが求められました。それに対し、「福音」は、それまでの罪を悔い改め、主イエスを信じることによって救われると教えます。救いは自分の義しさによってではなく、主イエスの義しさがわたしたちを救うのです。
 旧約聖書の律法は、それを守って正しく生きる人を神は祝福し、守らない人を裁かれるものでした。祝福とはこの世的なもので、地位、名誉、財産であり、子孫の繁栄、健康等でした。「裁き」とはそれらのものが取り去られることでした。しかし、旧約聖書はこのような因果応報の律法を教えるだけのものではありません。例えばヨブ記では、人間の正しさによらない、神の主権を教えます。神はヨブを祝福され十人の子、数えきれない沢山の家畜、広大な土地、地位、名誉、健康などを与えられました。ヨブは無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きて来た東方一の富豪でした。しかし、神はヨブに与えたそれら全てのものを取り去られました。人々はヨブに神の裁きが下ったと思い離れていきました。最愛の妻でさえ「どこまで無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言ったのです(ヨブ二章九節)。そのようなヨブを慰めるために三人の友人がやって来ました。彼らがヨブに求めたのは自分の罪を認め、悔い改めることでした。しかし、ヨブには何故神がそうされたかが分かりませんでした。それがヨブの苦しみで、ヤコブと同じように神と奮闘したのです。

 神から与えられる苦難を、自分の罪の故と考えることは結局、自分の正しい行いによって救われると信じる自己義認の信仰です。わたしたちは自分を神と対応させ、自分の義を主張することは出来ません。そうではなく、神の義に従うことが求められているのです。それは与えるのも取られるのも神であることを認めることに他なりません。「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」とある通りです(ヨブ一章二一節)。主イエスご自身、天において全てのものを持っておられました。しかし、それらを捨ててこの世に来られました。そして神と人から捨てられ、嘲笑され、唾をかけられ、鞭打たれて十字架につけられました。その十字架の上で「父よ、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれました。ヨブもまた持っている全てのものを失い、その苦悩の中で生ける神を知り、「わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます」と言いました(ヨブ四二章六節)。しかし、神はそのヨブに以前より多くのものを与えられました。主イエスもまた三日目に復活され、永遠の命に至る「御自身の王国」をもたらしました。
 東日本大震災は被災者に多くの苦難をもたらしました。しかし、この災害は、神によってわたしたちに新しい力といのちをもたらすのです。ヨブのようにその意味を神に問い続けることによって、主イエスは答えて下さるからです。そして教会も共に祈り闘う時、本当の意味でイスラエル(「神と奮闘する」の意。創世記三二章二九節参照)となるのではないでしょうか。

2014年2月16日日曜日

マルコ4章13〜20節「良い土地に蒔かれた種」

第166号

「種を蒔く人」の「たとえ」は四章の一節から始まり二〇節まで続きます。一節から九節までがその「たとえ」で、一〇節から一二節までは「たとえで話す理由」、そして、一三節から二〇節はその「たとえの解き明かし」です。
蒔かれる「種」とは「神の言葉」です。それは「福音」であり、「十字架の言葉」です。わたしたちは十字架を見上げるとき、そこに自分の罪と裁きを見ます。そして、そこにわたしたちの罪の身代わりとなっておられる神ご自身がおられます。それは神の哀れみと赦し、そして何よりも愛です。それがわたしたちの神への感謝となり、讃美、礼拝に繋がっていきます。
 「道端に落ちた種」とは、人々に語られた種が、鳥、すなわちサタンが来て、その御言葉をその人から奪い去った場合です。「石地に蒔かれた種」とは艱難や迫害があると福音を捨ててしまう場合です。そして「茨の中に蒔かれた種」とは「この世の思い煩いや、富の誘惑、その他いろいろな欲望が心に入り込み、御言葉を覆いふさいで」実らなかった場合です。「良い土地に蒔かれた種」とは実を結び、ある者は三十倍、六十倍、そして百倍の実を結んだ場合です。
 このたとえと解き明かしは難しくはありません。福音は聞く人次第で、良い実を結ぶ者もあればそうでないのもある、と言っているからです。しかし、読んだ後、なるほどそういうことだったのか、と目から鱗が落ちる訳でもありません。なぜなら、もし福音は聞くわたしたち次第で救われることになる、あるいは救われない事にもなると言うのであれば、人の自由意志を認めることになり、人の救いに対する神の主権は否定されることになるからです。

 主イエスと律法学者ニコデモの対話のように、生まれつきのわたしたちは「神の言葉」を理解できません(参照、ヨハネ三章一〜二一節)。それは弟子たちも同じです。主イエスは弟子たちに特別にその意味を解いて聞かせましたが、それは後になって理解できるようになることを知っていたからです。そのとき初めて彼らは福音宣教者に変えられます。それが使徒を任命した理由で、彼らがそのようになるためにはペンテコステまで待たなければなりませんでした(使徒二章参照)。
 「主に不可能なことがあろうか」、これは九十九歳のアブラハムと八十九歳の妻サラに子が生まれると告げたときの主の言葉でした(創世記一八章一四節)。それから二千年後、天使ガブリエルはマリアに現れ、聖霊によって子が生まれると告げて「神に出来ないことは何一つない」と言われました(ルカ一章三八節)
 この言葉は主イエスによって現実の事となりました(ヨハネ一章参照)。主イエスは病人を癒され、死人を甦らされ、様々な奇跡をなされました。そして十字架につけられ、わたしたちの罪の身代わりとなられたのです。主イエスがこの世に遣わされて来たことによって「神の国」が到来し、「神の支配」が始まったのです。ギリシャ語のバシレイアは「国」を意味すると同時に「支配」も意味します。主イエスご自身が福音の種を蒔かれ、わたしたちの内に神の国(支配)を来らせるのです。

 「道端に落ちた種」とは、その人が福音を受け入れなかったというのではなく、主イエスがその人の内にあって働かれなかったということです。わたしたちは自分の考えや意思で福音を受け入れたり、受け入れなかったりすることはできません。「石地に落ちた種」とはその人に臨んだ艱難や迫害は、実は神によるものであることを受け入れることができなかった人です。神の赦しがなければ、誰一人、わたしたちに指一本触れることは出来ないからです。「茨の中に蒔かれた種」とはわたしたちの心を支配されているのは神であることを受け入れることの出来なかった人です。エジプトの王ファラオはモーセに逆らいイスラエルの民をエジプトから去らせることを拒みました。そのファラオの心をかたくなにしたのは神ご自身でした(出エジプト一一章一〇節、等々)。なぜ、神はファラオの心をかたくなにしたのでしょうか。それは歴史を支配しているのは人間ではなく、神であることをイスラエルの民に教えるためでした。ファラオがそうであったようにわたしたちの心と人生を支配されているのは神なのです。

 わたしたちの内も外も、そして目に見えるもの見えないもの、そのすべては神の主権(支配)の下にあります。そのことを認めることが出来ないことにわたしたち人間の罪があります。罪によって神の真理から離れたこの世は虚構から成り立っています。それは地位、名誉、財産といったわたしたち自身の幸せを求める姿に現れています。わたしたちは罪の奴隷となっていますが、そこから解放するために主イエスがこの世に遣わされて来たのです。わたしたちの生きる目的は神を愛し人を愛することです。それが実を結ぶこと、つまり主イエスとの交わりの回復です。わたしたちのうちに神の国が成長すれば世界においても神の国は広がって三十倍、六十倍、そしてある者は百倍の実を結ぶのです。

2014年2月2日日曜日

ルカ2章41〜49節「自分の父の家にいる」

第165号

<新年礼拝>

ガリラヤのナザレに住んでいたヨセフとマリアは毎年、村の人と一緒にエルサレムに行き、神殿で過越祭を守っていました。「イエスが十二歳になったときも、…祭りの慣習に従って都に上」りました。ところが祭りの後、両親はイエスをエルサレムに残したまま帰路についてしまいました。親類や友達と一緒にいるものとばかり思っていたからです。ところが彼らの中にイエスはいないのが分かりました。慌てて探し始めたところ、やっと三日後に神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしているのを見つけたのです。マリアは驚き「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して探していたのです」と言うと、イエスは「どうして私を探したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」と答えました。主イエスは自分の本当の父が誰であるかを知っていたのです。そして、イエスにとって「神殿」こそ、父と子との霊的な交わりを持つ接点でもあったのです。

 昨年の大晦日に秋田にいる妹から電話がありました。母の容態がよくないのを知り、翌日の元旦に母に会いに行きました。午前中の聖研祈祷会の後すぐに教会を出て、母のところに着いたのは夜の七時半頃でした。眠っていた母は、わたしが来たのを知ると妹たちが止めるのを聞かず、ベットに座りました。ヤコブもまた高齢で病床にあったにも関わらず、息子のヨセフが見舞いに来たのを知ると「力を奮い起こして、寝台の上に座った」とあります(創世記四八章二節)。イスラエルと日本の習慣はよく似ているのに気づかされます。ちなみに日本のお正月もユダヤの過越祭の行事とほとんど同じです。次の日の午前中も妹と一緒に母を見舞いました。今度は、母は起きようとはせず、寝たままとりとめのない話を始めました。既に亡くなっている島根の母親のことです。子供の頃、栗を焼いてくれた、大きなスイカを切ってくれた、わたしが小学生の頃毎年、島根で夏休みを一緒に過ごしたこと、そしてあの頃は楽しかったと言います。母の心の中に母親が生きており、こうして歳を取っても常に母と交わりをしていることを物語っています。
 ルツ記にはモアブの地に移住したナオミのことが書かれています。彼女は夫のエリメルクと息子のマハロンとキリオンを亡くしたため、モアブ人である嫁のオルパとルツを里に帰し、一人で故郷ベツレヘムに帰ろうと決心したとあります。ナオミは嫁たちに「自分の里に帰りなさい」と言っています。英語訳聖書では「里」は「母の里」と訳されています(NIV)。娘にとって里は「母の家」です。しかし、ルツはナオミの言うことを聞かず、「自分の里」を捨て、ナオミのいるところを「里」としたのです。
 旧約聖書にはこのような母と娘との強い絆だけでなくアブラハムとイサク、ヤコブとヨセフと言った父と息子の結びつきもどれほど強いのかを教えています。子を失う父親の悲しみ、そして子も父を愛し、そのような父の思いを知っていたのです。それらは天の父と子である主イエスとの結びつきがどれほどのものかをわたしたちに教えます。
 同時に少年イエスは、天の父が自分をこの世に遣わされた目的をもよく知っていたのです。それ故、迎えに来た両親とすぐにナザレに下って行かれ、「両親に仕えてお暮らしになった」のです。

 紀元四世紀のはじめにアリウスという人が教会に登場しました。彼は主イエスが「神の子」であるなら、生まれた時があったと主張し、子である主イエスに時間的な始めがあるなら永遠者ではなく被造物であるとしたのです。彼の説への追従者が多く出たため、教会は混乱しました。そしてこの問題を解決するために三二五年、ニカイアで公会議が開かれました。アリウスに対抗するために立ったのがアタナシオスという人物でした。彼は「神の子」とは「ホモウシオス」(ギリシャ語でホモ=同じ、ウシオス=本質の造語)の意味であるとし、天の父と子である主イエスは「本質を同じくする」と主張しました。会議の結果はアタナシオスの勝利で終わり、今日わたしたちが用いているニカイア信条が生まれました。
 聖書には真理が書かれていますが、同時に聖書だけを読んでも正しく理解することが出来るとは限りません。その意味で信条、信仰告白もまた大切です。
 子である主イエスの十字架の苦しみは天の父の苦しみでもあり、痛みでした。それによってわたしたちの罪が赦されたので、神が無傷であった訳では決してありません。それ故、十字架はわたしたちへの神の愛の深さを教えます。

 少年イエスにとって神殿は「わたしの父の家にいる」ことでした。この言葉に、わたしたちは父への愛と父の里への望郷の念が込められているのかを知らなければなりません。そのことを知ることによって、わたしたちにとっても「教会」が「父の家」となるのではないでしょうか。

2013年12月15日日曜日

ルカ1章26-38節「生まれる子」

第164号

《クリスマス礼拝》

 天使ガブリエルはガリラヤのナザレに住む乙女マリアに現れ、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と告げました。マリアはまだ一四、五歳の乙女でした。この時代、男の人が女性に挨拶することはありませんでした。ましてや天使が現れ、乙女にこのようなことを言うとは考えられないことでした。「マリアは戸惑い、いったいこの挨拶はなんのことかと考え込」みました。すると天使は「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高い方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることはない」と言われました。
 マリアにはダビデ王の家系に連なるヨセフという、いいなずけがいました。婚約は結婚と同じで、解消するためには法的な手続きが必要でした。また、結婚は婚約の後、式をあげ、花嫁を夫の家に迎え入れることによって成立し、その後、妻に生まれた子は夫の子となったのです。この時代、乙女が夫以外の子を身ごもれば死罪となりました。しかし、マリアは身ごもり、しかも、その子はアブラハム、モーセ、ダビデといった預言者を通して神が民に約束された救い主、メシアだと言うのです。

 天使ガブリエルは六ヶ月前にもマリアの親類である祭司ザカリアと妻、エリサベトに現れ、子が生まれることを告げていました。その子は「エリアの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する」のです。しかし、老いた二人はこの言葉を信じませんでした。この二人とマリアへの答えは基本的に同じでした。それは「神にできないことは何一つない」というものでした。
 それは彼らよりなお二千年前に生きたアブラハムとサラが経験したことでもありました。神が百歳と九〇歳になる彼らに子が生まれると告げると、彼らは心の中で笑ったのです。しかし命の誕生は、神の創造の業であって、イサクの誕生は、人間の業によらない神による約束の成就でした。メシアは自分で自分を救うことができないわたしたちに与えられる神の救いで、そのためにマリアを器として選ばれたのです。マリアに何か神の母となるにふさわしい偉大さや資質があった訳ではありません。全ては神の御計画であり、御意志なのです。
 祭司ザカリアと妻エリサベトの子である洗礼者ヨハネはアブラハム、モーセ、ダビデといった旧約の預言者の最後に来た人となり、マリアと夫ヨセフは預言者たちの口を通して神がイスラエルの民に約束しておられたメシアの到来を最初に知らされた人でした。彼らは旧約と新約の接点に立ち、救いの到来を神から告げられたが故に特別な人となったのです。それは主イエスの証人となるということでした。
 マリアは天使ガブリエルの声を、質素な生家で聞いたのではないでしょうか。その声によって彼女の生涯は、この世から神に属する者に変えられたのです。それは天使ガブリエルとの出会いによって立派な人になったというのではなく、今までと変わらないマリアに神が生涯、共にいてくださるということでした。

 マリアに天使ガブリエルが命じられたことは特別なことではありません。生まれて来る子にイエスと名付けなさい、そしてその子を育てなさいということだけでした。にも関わらず、マリアは大きな責を負ったのです。マリアは天使ガブリエルの前で自分の都合を述べることはできませんでした。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言うより他に選択の余地はなかったのです。同じことは夫ヨセフにも言えました。ヨセフに天使は現れマリアを妻とし、生まれて来る子を自分の子として育てるように求めたからです。
 マリアの生涯は主イエスが公生涯に入られると同時に苦難の道を歩み始めました。そして遂には十字架につけられた我が子の下に立たなければなりませんでした。それは彼女にとってどれほどの痛みであり苦しみだったことでしょう。しかし、主イエスは墓から三日目に復活されました。そして四〇日に亘ってご自身を弟子たちに示され、天に上られ約束の聖霊を注がれたのです。
 マリアは聖霊によって主イエスを宿しましたが、同じことがわたしたちにも起こるのです。主イエスの言葉を聞いて、聖霊を受けるならそれはわたしたちにとってのクリスマスの出来事となるからです。わたしたちの心の中に「生まれる子」は主イエスであって、そのお方が王となってこの世だけでなく永遠にわたしたちを支配するのです。わたしたちはこの世の知識、価値観に従って歩んで来ました。主イエスの言葉を聞いた後はマリアと同じように「わたしは主のはしため(しもべ)です。お言葉どおり、この身に成りますように」と言えるように変えられるのです。

2013年11月17日日曜日

コリント一15章35-49節「死者はどんなふうに復活するのか」

第163号

「死後の世界はあるのか」、これはわたしたちに対する永遠の問いかけです。古代の多くの民にとって霊魂の不滅は疑いのない事実だったようです。ギリシャ哲学では魂の不滅を教えます。プラトンは「パイドン―魂の不死について」で、ソクラテスの死の有様を書いています。毒薬を飲んだソクラテスは死ぬまでの間いろいろなことを弟子たちと話しています。その中には借りていた鶏のことまで思い出し、返すように頼んでいます。死に向き合う切迫感に欠けているようですが、それは死は終わりではなく、霊魂の不滅を信じていたからです。インドで生まれた仏教も輪廻転生の輪を断ち切るのが目的だったようです。生きることは苦痛に過ぎなかった当時ではそこからの脱出こそが切実な思いだったのでしょう。その仏教も中国に伝わると、東方正教の一派であるネストリウス(景教)の影響を受け、死後の世界を教えるようになったと言われます。真言宗の教祖、空海が遣唐使の学生として中国に渡った頃です。同じように神道も霊魂の不滅を教えます。

 ユダヤ教の初期においては、人は死ぬと陰府に下ると考えられていました。陰府は死者が眠る場所でした。モーセの五書には死後のことは書かれていません。神はモーセを通してユダヤ人に十戒を与えられました。律法は神の国の民にふさわしい倫理基準を教え、十戒に従って正しく生きるなら神はその人を祝福し、従わないのなら裁かれるのです。その祝福は土地や家畜などの財産が増えること、良妻と多くの子供が与えられ子孫が繁栄すること、また健康を守られ長寿を全うするといったことでした。しかし、旧約聖書の後期になると、人々はこのような因果応報の考え方に疑問を持つようになります。義人が必ずしも祝福を受けるとは限らないからです。反対に、義のゆえに苦しみ、迫害を受け、悲惨な生涯を送ることも多くありました。正しく生きることはこの世だけで決着がつかない問題でした。そのため、人々は次第に死後に神の裁きがあると信じるようになりました。同時に、人々はメシアを待望するようになりました。モーセに約束した預言者が与えられること、それは預言者ナタンがダビデに告げたメシアの成就であって、そのお方によってこの世に神の国が生まると信じるようになりました(申命記一八章一五節、サムエル記上七章参照)。その神の国はエルサレムから始まり世界に広がるのです。
 主イエスはこのように時が満ち、生まれました。群衆は主イエスがなされた奇跡を見、その説教を聞いてこのお方こそメシアであると信じました。弟子たちはこのお方と一緒に神の国を支配することを夢見たのです。イスラエルの民はローマ帝国からの解放を願っていました。ローマが税金を徴収し、平和もまた彼らの圧倒的な軍事力によって維持されたのです。しかし、主イエスはユダヤ人指導者によってローマ総督ポンティオ・ピラトの前に引き出され、十字架に付けられました。十字架刑は神に呪われた者であることの象徴でした。しかし、主イエスは三日目に墓から甦り、弟子たちに手足の釘跡、脇腹の槍跡を見せられ、触れなさいと言われました。それはご自身が確かに霊でなく体をもったキリストとして復活されたことを示されたのです。主イエスは弟子たちと一緒に食事をされましたが、これも霊であれば出来ないことでした。そして四十日に亘って聖書からご自身のことを教えられ、彼らの目の前でご自身の再臨を約束し、天に上げられたのです。

 聖書は、人は体と霊から成ると教えます。体だけ、あるいは霊だけでは人とは言えません。同じことが主イエスにも言えるのです。しかし、弟子たちは復活された主イエスを見ても、すぐにはそのお方が誰であるか分かりませんでした。生前の主イエスとはどこか違っていたのでしょう。主イエスと認めるためには彼らの心の目が開かれなければなりませんでした。同じことがわたしたちにも言えます。主イエスは今も生きておられますが、そのお方と出会うためには私たちの心の目も開かれなければなりません。わたしたちの心に聖霊が宿ることにより主イエスを神の子と告白することができるようになります(ヨハネの手紙四章一、二節)。そして、わたしたちのうちに宿った神の霊こそ、わたしたちが復活することの確かな証拠であって、それは生きた種となるのです。
 わたしたちの前に植物の種が二つあり、そのどちらかが生きていると言われても見分けることはできないでしょう。生きた種を見分ける唯一の方法は土に埋めることです。芽が出るほうが生きた種だからです。同じようにわたしたちも生きた種であるなら、死んで葬られ、そこから新しい体をまとって復活するのです。それは主イエスの再臨の時で、その体こそ永遠の命に耐えるものであって、神のみ前に生きるにふさわしい栄光に輝くものなのです。