2014年2月16日日曜日

マルコ4章13〜20節「良い土地に蒔かれた種」

第166号

「種を蒔く人」の「たとえ」は四章の一節から始まり二〇節まで続きます。一節から九節までがその「たとえ」で、一〇節から一二節までは「たとえで話す理由」、そして、一三節から二〇節はその「たとえの解き明かし」です。
蒔かれる「種」とは「神の言葉」です。それは「福音」であり、「十字架の言葉」です。わたしたちは十字架を見上げるとき、そこに自分の罪と裁きを見ます。そして、そこにわたしたちの罪の身代わりとなっておられる神ご自身がおられます。それは神の哀れみと赦し、そして何よりも愛です。それがわたしたちの神への感謝となり、讃美、礼拝に繋がっていきます。
 「道端に落ちた種」とは、人々に語られた種が、鳥、すなわちサタンが来て、その御言葉をその人から奪い去った場合です。「石地に蒔かれた種」とは艱難や迫害があると福音を捨ててしまう場合です。そして「茨の中に蒔かれた種」とは「この世の思い煩いや、富の誘惑、その他いろいろな欲望が心に入り込み、御言葉を覆いふさいで」実らなかった場合です。「良い土地に蒔かれた種」とは実を結び、ある者は三十倍、六十倍、そして百倍の実を結んだ場合です。
 このたとえと解き明かしは難しくはありません。福音は聞く人次第で、良い実を結ぶ者もあればそうでないのもある、と言っているからです。しかし、読んだ後、なるほどそういうことだったのか、と目から鱗が落ちる訳でもありません。なぜなら、もし福音は聞くわたしたち次第で救われることになる、あるいは救われない事にもなると言うのであれば、人の自由意志を認めることになり、人の救いに対する神の主権は否定されることになるからです。

 主イエスと律法学者ニコデモの対話のように、生まれつきのわたしたちは「神の言葉」を理解できません(参照、ヨハネ三章一〜二一節)。それは弟子たちも同じです。主イエスは弟子たちに特別にその意味を解いて聞かせましたが、それは後になって理解できるようになることを知っていたからです。そのとき初めて彼らは福音宣教者に変えられます。それが使徒を任命した理由で、彼らがそのようになるためにはペンテコステまで待たなければなりませんでした(使徒二章参照)。
 「主に不可能なことがあろうか」、これは九十九歳のアブラハムと八十九歳の妻サラに子が生まれると告げたときの主の言葉でした(創世記一八章一四節)。それから二千年後、天使ガブリエルはマリアに現れ、聖霊によって子が生まれると告げて「神に出来ないことは何一つない」と言われました(ルカ一章三八節)
 この言葉は主イエスによって現実の事となりました(ヨハネ一章参照)。主イエスは病人を癒され、死人を甦らされ、様々な奇跡をなされました。そして十字架につけられ、わたしたちの罪の身代わりとなられたのです。主イエスがこの世に遣わされて来たことによって「神の国」が到来し、「神の支配」が始まったのです。ギリシャ語のバシレイアは「国」を意味すると同時に「支配」も意味します。主イエスご自身が福音の種を蒔かれ、わたしたちの内に神の国(支配)を来らせるのです。

 「道端に落ちた種」とは、その人が福音を受け入れなかったというのではなく、主イエスがその人の内にあって働かれなかったということです。わたしたちは自分の考えや意思で福音を受け入れたり、受け入れなかったりすることはできません。「石地に落ちた種」とはその人に臨んだ艱難や迫害は、実は神によるものであることを受け入れることができなかった人です。神の赦しがなければ、誰一人、わたしたちに指一本触れることは出来ないからです。「茨の中に蒔かれた種」とはわたしたちの心を支配されているのは神であることを受け入れることの出来なかった人です。エジプトの王ファラオはモーセに逆らいイスラエルの民をエジプトから去らせることを拒みました。そのファラオの心をかたくなにしたのは神ご自身でした(出エジプト一一章一〇節、等々)。なぜ、神はファラオの心をかたくなにしたのでしょうか。それは歴史を支配しているのは人間ではなく、神であることをイスラエルの民に教えるためでした。ファラオがそうであったようにわたしたちの心と人生を支配されているのは神なのです。

 わたしたちの内も外も、そして目に見えるもの見えないもの、そのすべては神の主権(支配)の下にあります。そのことを認めることが出来ないことにわたしたち人間の罪があります。罪によって神の真理から離れたこの世は虚構から成り立っています。それは地位、名誉、財産といったわたしたち自身の幸せを求める姿に現れています。わたしたちは罪の奴隷となっていますが、そこから解放するために主イエスがこの世に遣わされて来たのです。わたしたちの生きる目的は神を愛し人を愛することです。それが実を結ぶこと、つまり主イエスとの交わりの回復です。わたしたちのうちに神の国が成長すれば世界においても神の国は広がって三十倍、六十倍、そしてある者は百倍の実を結ぶのです。

2014年2月2日日曜日

ルカ2章41〜49節「自分の父の家にいる」

第165号

<新年礼拝>

ガリラヤのナザレに住んでいたヨセフとマリアは毎年、村の人と一緒にエルサレムに行き、神殿で過越祭を守っていました。「イエスが十二歳になったときも、…祭りの慣習に従って都に上」りました。ところが祭りの後、両親はイエスをエルサレムに残したまま帰路についてしまいました。親類や友達と一緒にいるものとばかり思っていたからです。ところが彼らの中にイエスはいないのが分かりました。慌てて探し始めたところ、やっと三日後に神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしているのを見つけたのです。マリアは驚き「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して探していたのです」と言うと、イエスは「どうして私を探したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」と答えました。主イエスは自分の本当の父が誰であるかを知っていたのです。そして、イエスにとって「神殿」こそ、父と子との霊的な交わりを持つ接点でもあったのです。

 昨年の大晦日に秋田にいる妹から電話がありました。母の容態がよくないのを知り、翌日の元旦に母に会いに行きました。午前中の聖研祈祷会の後すぐに教会を出て、母のところに着いたのは夜の七時半頃でした。眠っていた母は、わたしが来たのを知ると妹たちが止めるのを聞かず、ベットに座りました。ヤコブもまた高齢で病床にあったにも関わらず、息子のヨセフが見舞いに来たのを知ると「力を奮い起こして、寝台の上に座った」とあります(創世記四八章二節)。イスラエルと日本の習慣はよく似ているのに気づかされます。ちなみに日本のお正月もユダヤの過越祭の行事とほとんど同じです。次の日の午前中も妹と一緒に母を見舞いました。今度は、母は起きようとはせず、寝たままとりとめのない話を始めました。既に亡くなっている島根の母親のことです。子供の頃、栗を焼いてくれた、大きなスイカを切ってくれた、わたしが小学生の頃毎年、島根で夏休みを一緒に過ごしたこと、そしてあの頃は楽しかったと言います。母の心の中に母親が生きており、こうして歳を取っても常に母と交わりをしていることを物語っています。
 ルツ記にはモアブの地に移住したナオミのことが書かれています。彼女は夫のエリメルクと息子のマハロンとキリオンを亡くしたため、モアブ人である嫁のオルパとルツを里に帰し、一人で故郷ベツレヘムに帰ろうと決心したとあります。ナオミは嫁たちに「自分の里に帰りなさい」と言っています。英語訳聖書では「里」は「母の里」と訳されています(NIV)。娘にとって里は「母の家」です。しかし、ルツはナオミの言うことを聞かず、「自分の里」を捨て、ナオミのいるところを「里」としたのです。
 旧約聖書にはこのような母と娘との強い絆だけでなくアブラハムとイサク、ヤコブとヨセフと言った父と息子の結びつきもどれほど強いのかを教えています。子を失う父親の悲しみ、そして子も父を愛し、そのような父の思いを知っていたのです。それらは天の父と子である主イエスとの結びつきがどれほどのものかをわたしたちに教えます。
 同時に少年イエスは、天の父が自分をこの世に遣わされた目的をもよく知っていたのです。それ故、迎えに来た両親とすぐにナザレに下って行かれ、「両親に仕えてお暮らしになった」のです。

 紀元四世紀のはじめにアリウスという人が教会に登場しました。彼は主イエスが「神の子」であるなら、生まれた時があったと主張し、子である主イエスに時間的な始めがあるなら永遠者ではなく被造物であるとしたのです。彼の説への追従者が多く出たため、教会は混乱しました。そしてこの問題を解決するために三二五年、ニカイアで公会議が開かれました。アリウスに対抗するために立ったのがアタナシオスという人物でした。彼は「神の子」とは「ホモウシオス」(ギリシャ語でホモ=同じ、ウシオス=本質の造語)の意味であるとし、天の父と子である主イエスは「本質を同じくする」と主張しました。会議の結果はアタナシオスの勝利で終わり、今日わたしたちが用いているニカイア信条が生まれました。
 聖書には真理が書かれていますが、同時に聖書だけを読んでも正しく理解することが出来るとは限りません。その意味で信条、信仰告白もまた大切です。
 子である主イエスの十字架の苦しみは天の父の苦しみでもあり、痛みでした。それによってわたしたちの罪が赦されたので、神が無傷であった訳では決してありません。それ故、十字架はわたしたちへの神の愛の深さを教えます。

 少年イエスにとって神殿は「わたしの父の家にいる」ことでした。この言葉に、わたしたちは父への愛と父の里への望郷の念が込められているのかを知らなければなりません。そのことを知ることによって、わたしたちにとっても「教会」が「父の家」となるのではないでしょうか。

2013年12月15日日曜日

ルカ1章26-38節「生まれる子」

第164号

《クリスマス礼拝》

 天使ガブリエルはガリラヤのナザレに住む乙女マリアに現れ、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と告げました。マリアはまだ一四、五歳の乙女でした。この時代、男の人が女性に挨拶することはありませんでした。ましてや天使が現れ、乙女にこのようなことを言うとは考えられないことでした。「マリアは戸惑い、いったいこの挨拶はなんのことかと考え込」みました。すると天使は「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高い方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることはない」と言われました。
 マリアにはダビデ王の家系に連なるヨセフという、いいなずけがいました。婚約は結婚と同じで、解消するためには法的な手続きが必要でした。また、結婚は婚約の後、式をあげ、花嫁を夫の家に迎え入れることによって成立し、その後、妻に生まれた子は夫の子となったのです。この時代、乙女が夫以外の子を身ごもれば死罪となりました。しかし、マリアは身ごもり、しかも、その子はアブラハム、モーセ、ダビデといった預言者を通して神が民に約束された救い主、メシアだと言うのです。

 天使ガブリエルは六ヶ月前にもマリアの親類である祭司ザカリアと妻、エリサベトに現れ、子が生まれることを告げていました。その子は「エリアの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する」のです。しかし、老いた二人はこの言葉を信じませんでした。この二人とマリアへの答えは基本的に同じでした。それは「神にできないことは何一つない」というものでした。
 それは彼らよりなお二千年前に生きたアブラハムとサラが経験したことでもありました。神が百歳と九〇歳になる彼らに子が生まれると告げると、彼らは心の中で笑ったのです。しかし命の誕生は、神の創造の業であって、イサクの誕生は、人間の業によらない神による約束の成就でした。メシアは自分で自分を救うことができないわたしたちに与えられる神の救いで、そのためにマリアを器として選ばれたのです。マリアに何か神の母となるにふさわしい偉大さや資質があった訳ではありません。全ては神の御計画であり、御意志なのです。
 祭司ザカリアと妻エリサベトの子である洗礼者ヨハネはアブラハム、モーセ、ダビデといった旧約の預言者の最後に来た人となり、マリアと夫ヨセフは預言者たちの口を通して神がイスラエルの民に約束しておられたメシアの到来を最初に知らされた人でした。彼らは旧約と新約の接点に立ち、救いの到来を神から告げられたが故に特別な人となったのです。それは主イエスの証人となるということでした。
 マリアは天使ガブリエルの声を、質素な生家で聞いたのではないでしょうか。その声によって彼女の生涯は、この世から神に属する者に変えられたのです。それは天使ガブリエルとの出会いによって立派な人になったというのではなく、今までと変わらないマリアに神が生涯、共にいてくださるということでした。

 マリアに天使ガブリエルが命じられたことは特別なことではありません。生まれて来る子にイエスと名付けなさい、そしてその子を育てなさいということだけでした。にも関わらず、マリアは大きな責を負ったのです。マリアは天使ガブリエルの前で自分の都合を述べることはできませんでした。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言うより他に選択の余地はなかったのです。同じことは夫ヨセフにも言えました。ヨセフに天使は現れマリアを妻とし、生まれて来る子を自分の子として育てるように求めたからです。
 マリアの生涯は主イエスが公生涯に入られると同時に苦難の道を歩み始めました。そして遂には十字架につけられた我が子の下に立たなければなりませんでした。それは彼女にとってどれほどの痛みであり苦しみだったことでしょう。しかし、主イエスは墓から三日目に復活されました。そして四〇日に亘ってご自身を弟子たちに示され、天に上られ約束の聖霊を注がれたのです。
 マリアは聖霊によって主イエスを宿しましたが、同じことがわたしたちにも起こるのです。主イエスの言葉を聞いて、聖霊を受けるならそれはわたしたちにとってのクリスマスの出来事となるからです。わたしたちの心の中に「生まれる子」は主イエスであって、そのお方が王となってこの世だけでなく永遠にわたしたちを支配するのです。わたしたちはこの世の知識、価値観に従って歩んで来ました。主イエスの言葉を聞いた後はマリアと同じように「わたしは主のはしため(しもべ)です。お言葉どおり、この身に成りますように」と言えるように変えられるのです。

2013年11月17日日曜日

コリント一15章35-49節「死者はどんなふうに復活するのか」

第163号

「死後の世界はあるのか」、これはわたしたちに対する永遠の問いかけです。古代の多くの民にとって霊魂の不滅は疑いのない事実だったようです。ギリシャ哲学では魂の不滅を教えます。プラトンは「パイドン―魂の不死について」で、ソクラテスの死の有様を書いています。毒薬を飲んだソクラテスは死ぬまでの間いろいろなことを弟子たちと話しています。その中には借りていた鶏のことまで思い出し、返すように頼んでいます。死に向き合う切迫感に欠けているようですが、それは死は終わりではなく、霊魂の不滅を信じていたからです。インドで生まれた仏教も輪廻転生の輪を断ち切るのが目的だったようです。生きることは苦痛に過ぎなかった当時ではそこからの脱出こそが切実な思いだったのでしょう。その仏教も中国に伝わると、東方正教の一派であるネストリウス(景教)の影響を受け、死後の世界を教えるようになったと言われます。真言宗の教祖、空海が遣唐使の学生として中国に渡った頃です。同じように神道も霊魂の不滅を教えます。

 ユダヤ教の初期においては、人は死ぬと陰府に下ると考えられていました。陰府は死者が眠る場所でした。モーセの五書には死後のことは書かれていません。神はモーセを通してユダヤ人に十戒を与えられました。律法は神の国の民にふさわしい倫理基準を教え、十戒に従って正しく生きるなら神はその人を祝福し、従わないのなら裁かれるのです。その祝福は土地や家畜などの財産が増えること、良妻と多くの子供が与えられ子孫が繁栄すること、また健康を守られ長寿を全うするといったことでした。しかし、旧約聖書の後期になると、人々はこのような因果応報の考え方に疑問を持つようになります。義人が必ずしも祝福を受けるとは限らないからです。反対に、義のゆえに苦しみ、迫害を受け、悲惨な生涯を送ることも多くありました。正しく生きることはこの世だけで決着がつかない問題でした。そのため、人々は次第に死後に神の裁きがあると信じるようになりました。同時に、人々はメシアを待望するようになりました。モーセに約束した預言者が与えられること、それは預言者ナタンがダビデに告げたメシアの成就であって、そのお方によってこの世に神の国が生まると信じるようになりました(申命記一八章一五節、サムエル記上七章参照)。その神の国はエルサレムから始まり世界に広がるのです。
 主イエスはこのように時が満ち、生まれました。群衆は主イエスがなされた奇跡を見、その説教を聞いてこのお方こそメシアであると信じました。弟子たちはこのお方と一緒に神の国を支配することを夢見たのです。イスラエルの民はローマ帝国からの解放を願っていました。ローマが税金を徴収し、平和もまた彼らの圧倒的な軍事力によって維持されたのです。しかし、主イエスはユダヤ人指導者によってローマ総督ポンティオ・ピラトの前に引き出され、十字架に付けられました。十字架刑は神に呪われた者であることの象徴でした。しかし、主イエスは三日目に墓から甦り、弟子たちに手足の釘跡、脇腹の槍跡を見せられ、触れなさいと言われました。それはご自身が確かに霊でなく体をもったキリストとして復活されたことを示されたのです。主イエスは弟子たちと一緒に食事をされましたが、これも霊であれば出来ないことでした。そして四十日に亘って聖書からご自身のことを教えられ、彼らの目の前でご自身の再臨を約束し、天に上げられたのです。

 聖書は、人は体と霊から成ると教えます。体だけ、あるいは霊だけでは人とは言えません。同じことが主イエスにも言えるのです。しかし、弟子たちは復活された主イエスを見ても、すぐにはそのお方が誰であるか分かりませんでした。生前の主イエスとはどこか違っていたのでしょう。主イエスと認めるためには彼らの心の目が開かれなければなりませんでした。同じことがわたしたちにも言えます。主イエスは今も生きておられますが、そのお方と出会うためには私たちの心の目も開かれなければなりません。わたしたちの心に聖霊が宿ることにより主イエスを神の子と告白することができるようになります(ヨハネの手紙四章一、二節)。そして、わたしたちのうちに宿った神の霊こそ、わたしたちが復活することの確かな証拠であって、それは生きた種となるのです。
 わたしたちの前に植物の種が二つあり、そのどちらかが生きていると言われても見分けることはできないでしょう。生きた種を見分ける唯一の方法は土に埋めることです。芽が出るほうが生きた種だからです。同じようにわたしたちも生きた種であるなら、死んで葬られ、そこから新しい体をまとって復活するのです。それは主イエスの再臨の時で、その体こそ永遠の命に耐えるものであって、神のみ前に生きるにふさわしい栄光に輝くものなのです。

 

2013年10月20日日曜日

ペトロの手紙4章7-11節「神が栄光をお受けになる」

第162号

 この手紙の書かれた目的は「苦難」に耐えるにはどのようにしたらよいのかを教えることです。苦難は主が与えられる、あるいは少なくとも主がお許しにならない限りわたしたちの身に及ぶことはありません。わたしたちは、以前は苦難を自分の視点からしか考えることが出来ませんでした。しかし主イエスを信じることにより神の視点から見ることが出来るようになるのです。それによって全ては人間が主体ではなく神が主体であることを知り、自分が満足する生き方ではなく、神の栄光を求め、時が良くても悪くても神を賛美し、御言葉を述べ伝えることを求めるようになります。
  このように変えられていく最初の出発点は主イエスとの出会いです。それは十字架につけられたはずの主イエスが今も生きておられ、全てを支配されていることを知る霊的な体験です。しかしこのことは決して個人的な救いの出来事としてだけで捉えることは出来ません。それよりもっと大切な意味があるのです。それは「神の国」の民の一員に加えられるということで、主イエスはその国の王であるという事実に目が開かれることです。聖書はその視点から書かれているのです。

 エジプトで奴隷であったイスラエルの民を導き出した預言者モーセは、四〇歳までは自分の頭で神を理解する極めて人間的な信仰だったと思われます(使徒言行録七章二三節参照)。そのため、彼は自分の行いによってイスラエルの民を救おうとしましたが失敗に終わりました。ミディアンの地に逃げたモーセは八〇歳まで義理の父の羊を飼い、妻と子供を養いました。その間、人の生きる意味と忍耐を学んだのではないでしょうか(創世記三章一七~一九節)。このような生活は生ける神と出会うことによって変えられました。その後の四〇年は荒野を旅する共同体の指導者として神が約束された土地に民を導くために神と共に歩む生涯となりました。それは主にある信仰者としての苦難を知るということでもありました。
  奴隷は神を礼拝できません。エジプトで働くイスラエルの民に神を礼拝する自由はありませんでした。しかし、奴隷の頸木を逃れて出て行った荒野には、水も食べ物もありませんでした。民はエジプトでの肉鍋を囲んだ楽しい家族団欒の時を思い出し、不平を言いました。しかしそのような生活を通してイスラエルの民の信仰は強くされ、戦うことが出来るようになりました。
  モーセの生涯を見るまでもなく、歴史は神によってつくられます。神はモーセだけでなくアブラハムダビデなど多くの預言者を通して、イスラエルの民に救い主(メシア)が生まれることを約束されました。主イエスはその約束の成就でした。主イエスはわたしたち全ての人の罪を背負って十字架につけられました。そして三日目に甦られました。死は罪のない主イエスを墓に閉じ込めておくことは出来なかったのです。同じように、主イエスによって罪が贖われたわたしたちもまた復活に預かるのです。主イエスの復活はそのようなわたしたちの初穂となられたのです。復活された主イエスは、御自身の再臨を約束された後、弟子たちの前で天に上られました。主イエスが再びこの地に来られる時に神の国が生まれるのです。
「万物の終わりが迫って」いる、それは今の時を指しています。この世はわたしたちの努力によって良くなるのではなく、主イエスと一緒に働くことによってでもありません。主イエス御自身によって今とは違う全く新しい世界が生まれるのです。
 ペトロはわたしたちに、この終末の時をどのように生きたら良いのかを教えます。それは「心を込めて愛し合いなさい」ということで、「もてなし合いなさい」ということでもあります。旅人をもてなす、それはこの手紙を受け取る貧しい教会員に負担を強いることでもありました。また、見ず知らずの人を泊めることによって問題も起こったはずです。そうであってもペトロは、「不平を言わずに」そうしなさいと言うのです。それが愛の実践でした。教会という主イエスの共同体において愛以外に借りがあってはならないからです。「愛は多くの罪を覆う」のです。
  わたしたちは自分の力や経験で主イエスを知ることは出来ません。主イエスを知ったのは聖霊によるものでした。この上からの力は様々な奉仕の賜物であって、それによって教会という共同体を主イエスは御自身の御心のままに生かすのです。自分の力で教会に貢献できるのであればわたしたちは自分を誇ることが出来ます。しかし、全てが主イエスから出たのであれば、わたしたちに出来るのは神を賛美することだけです。「イエス・キリストを通して神が栄光をお受けになる」のであって、これがわたしたちの「アーメン」であり、教会の目的です。

2013年9月15日日曜日

ヤコブの手紙2章8-13節「最も尊い律法」

第161号


 ヤコブは「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉こそ「最も尊い律法」であって、それを実行するなら「それは結構なことです」と言います。しかし、続けて、それだけでは十分ではなく、他の律法をも守らなければ結局「罪を犯すことになり、律法の違反者と断定されます」と述べています。わたしたちから見れば、罪は罪でも「人を分け隔てしてはならない」は、「人を殺すな」に比べれば比較にならないほど軽いように思われます。それにも拘らず、ヤコブは、絶対的に「義」であり「聖」である神の前に、わたしたちが犯すたとえわずかな罪であっても、自分を義とすることは出来ず、結局は罪に定められると言うのです。

 「律法」とは一体何なのでしょう。ユダヤ人は幼少から両親から旧約聖書を教えられ、「モーセの十戒」を学びます。「律法」とは神を信じるなら、してはならないこと、あるいはしなければならないことです。神はモーセを遣わしてエジプトに住むイスラエルの民をアブラハムに約束したカナンの地に導き出そうとされました。そこに「神の国」を築くためでした。その神の国の民にふさわしい倫理基準こそ十戒でした。十戒を守って歩む民を神は祝福し、平和と富と繁栄を約束されたのです。十戒は、一.神以外のものを神としてはならない、二.刻んだ像を作って神としてはならない、三.主の名をみだりに唱えてはならない、四.安息日を守りなさい、五.父母を敬いなさい、六.殺してはならない、七.姦淫してはならない、八.盗んではならない、九.嘘をついてはならない、十.むさぼってはならない、ですが最初の四つは神に関する戒め、後半の六つは人に関する戒めです。それらは神を愛しなさい、人を愛しなさいという二つの戒めにまとめられ「最も尊い律法」となります。
 「律法」は神の国の民のもので宗教的なものですが、この世の国においては、それは法律となります。人を殺した場合、故意か過失か、計画的か衝動的か、攻撃的か正当防衛か等が考慮され、人によって裁かれることになります。身体への殺傷、そして財産、名誉、地位への損失は告訴によって裁判になり判決が下されます。「裁き」は「法律」が根拠となって「判決」が下されます。しかし人間の裁きには量刑に不公平が避けられません。時には殺人犯でない人に極刑を下すという冤罪まで起こります。神でなく、罪ある人が人を正しく裁くことは出来ません。また、多くの利己的な人は法律に触れなければ何をしても良いと考えます。そのため悪い人が栄え、正しい人が苦しむことはよくあることです。
 人が人を裁く「法律」に対し、神は「律法」によって人を裁かれます。無からこの世を創られた全知全能の神の裁きには間違いがありません。旧約聖書では神は律法を守る民を恵まれます。「世界の民はユダヤ人のようになりたがっている」とよく言われます。それは、神を信じることによって初めて人は正しく生きる根拠を持つからです。神なき世界では法律を守る根拠が希薄なため、道徳の崩壊が起こりがちです。人が正しく生きるためには神の存在が「要請」されるのです。

 神は人に律法を与えましたが、人はそれを守って生きることは出来ません。たった一つであっても犯せば罪ありと裁かれてしまうからです。このようなわたしたちを救うために、神は御自身の独り子である主イエスをこの世に遣わされたのです。主イエスはこの世で少しの罪も犯されませんでした。それは主イエスが神であったからです。同時に、主イエスは母マリアから生まれた人でもありました。わたしたちと同じ生きる悲しみや喜び、痛みや苦しみ、弱さを全て御存知でした。そのお方が十字架でわたしたちの罪を贖われたのです。そして、三日目に死から復活されました。
 主イエスはわたしたちに死後の世界を教えられました。わたしたちは死んで神の御前に立たなければなりません。その時、生前に行った全てが、心の思いと共に一瞬にして天のスクリーンに映し出され裁かれるのです。神が裁かれる故に、それは違うと異議を唱えることは出来ません。しかし、主イエスを信じる者はこの裁きを免れているのです。主イエスがわたしたちの身代わりとなって下さったからです。
 この信仰をわたしたちは神から「恵み」として与えられました。それ故わたしたちは、もはや人を裁くことは出来ません。自分の罪が赦されているのに、他人の罪を裁くことは出来ないからです。それは「最も尊い律法」が不要となるということです。律法に代わって、主イエスの福音が与えられているからです。

 

2013年7月21日日曜日

ロマ書9章19-29節「憐れみの器として」

第159号

 パウロはローマの信徒への手紙九章一節から一八節にかけて、わたしたちの「救い」はあくまでも神の恵みであって、自分の意志や行いによるものではないと言います。その具体例として「アブラハムの子孫だからといって、皆がその子供ということにはならない」、また神はイサクの妻リベカに双子の男の子が生まれる前に「兄は弟に仕えるであろう」と言われたことを上げます。それは「自由な選びによる神の計画が人の行いにはよらず、お召しになる方によって進められる」ためでした。神はわたしたちの心も支配しておられるのです。イスラエルの民をエジプトから出すようにと言うモーセの願いをファラオが拒絶したのは神がファラオの心を「かたくなにされ」たからでした。
 パウロはこのように言うなら、あなたがたは「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と問うに違いないと言います。不可知論者として知られている科学者アインシュタインもまた「もしこの存在者が全能であれば、全ての人間の行動、思想、また人間の感情と希望を含む全ての出来事がこの存在者の仕業です。そういう全能の存在者の前にそして人間の行動と思想に対して本人の責任を問うことはどうしてあり得るのでしょうか?罪と報いを与えることによって、ある意味では神がご自分を裁くことになります。神に帰すべき善と義をこれとどうして両立できるでしょうか?」と言っています。

  神が出来事だけでなく、わたしたちの心をも支配しておられるのであれば、誰も「神のご計画に逆らう」ことは出来ません。人は将棋の駒、操り人形に過ぎないからです。神は信じない者を裁くことは出来ません。神ご自身を裁くことになるからです。そして、そうであるならなぜ、神は全ての人を救われないのでしょうか。
 多くの人は、神が全ての主権者であることを信じることが出来ず、人が信じないのは人間の側の問題だと思います。神の救いは全ての人に開かれていて、それを受け入れるかどうかは人間の側の自由な決断によると信じるからです。人は永遠を考え、心の空しさを知り、神が存在することを願っていますが、神の救いを信じる自由意志もまた神の先行的な恵みとして人間に与えられていると言うのです。人類の最初の人アダムとエバは罪を冒しましたが、それによって完全に堕落した訳ではなく、人は自分の人生に責任を持つことが出来る存在であり、歴史もまた人間が支配しているとします。神は人の将来や歴史を予知されるだけと信じます。
 わたしたちが救われたのは神の一方的な選びによるものなのでしょうか、それとも自分の意志によるものなのでしょうか。その問いに対して聖書は繰り返し、人は自分で自分を救うことは出来ないことを教えます。ノアの時代、神が民をご覧になると全ての人が堕落していました。同じように、天の父は独り子をこの世に送られたのにも関わらず誰一人主イエスを神の子と認めませんでした。人は神が、食べたら「必ず死ぬ」と言われたにも関わらず、サタンの「絶対に死ぬことはない」との言葉に耳を貸し、その木の実を食べてしまったのです。サタンは今日に至るも、このように言ってわたしたちを欺いているのです。

神はご自身で「怒りの器」を用意され、彼らを滅ぼされると言うのではなく、「滅びの器」となってしまった民の中からご自身の民を救われたのです。ノアしか救われなかったのではなく、神はノアを救われたのです。なぜ、もっと多くの人をとか、全ての民を救われなかったのか、と言って神を裁くことは出来ません。神は主イエスを神の子と信じる者たちを、ご自身の「栄光」のために「憐れみの器」としてあらかじめ用意されたのです。
 アインシュタインの問への答えは、神は自らの罪のために滅びに定められていた人たちの中から、ご自身のために救われる者を用意された、と言うことです。救われた人はそのことを感謝することは出来ても、救われなかった人がいること、そしてなぜ、全ての人を救わないのだと神に不平を言うことはできないのです。
 アルバート・バーンズと言う学者は彼の新約聖書注解で「全ての人が罪人であるときに、神がある人を良く扱われたとしたらそれ以上の事を要求することはできない」と言っています。
 わたしたちが救われたのはわたしたち自身の為ではなく、神の栄光をたたえるためです。滅びの中から救われたわたしたちは、神の「憐れみの器」なのです。