2005年5月15日日曜日

コリント二12章1~10節「わたしの恵みは十分である」

第61号


「誇り」は自分を高くし人を低くします。わたしたちは自分は頭が良いと誇り、また名誉、地位、財産を誇ります。信仰に熱心な人はそのことを誇ります。人は神に対してですら誇り、神を神と認めず、自らを神として生きようとします。サタンは人類の祖先であるアダムとエバを誘惑し、「神のように善悪を知るものとなる」と言いました。(創世記三:四)。そのサタンも「わたしは天に上り…いと高き者のようになろう」と高慢になり、天から地に落されました(イザヤ一四:一三~一四)。

 パウロの誇りは何だったのでしょうか。それは他の人にはない宗教体験にありました。彼は楽園(口語訳、パラダイス)にまで引き上げられ、そこからまたこの世に戻って来たのです(二~四節)。「楽園」と言う言葉は新約聖書ではこの他二箇所で使われています。その一つは主イエスが一緒に十字架につけられ犯罪人の一人に「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と約束された箇所です(ルカ二三:四一~四三)。パウロはここで「楽園」のことを「第三の天」とも呼んでいます。それは当時、人々は天は三層からなっており第三層は神の臨在するところと考えていたからです。時代によって天は五層、七層あると考えられました。いずれにせよ楽園は死ななければ行くことはできないところです。その楽園でパウロは「人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にした」と言います(四節)。パウロは楽園は確かに存在し、主イエスの約束は確かなことを知りました。それはわたしたちの復活の確かさをも教えます。楽園を知ったことはパウロにとって宣教への大きな力となったことでしょう。しかし、このような素晴らしい体験は人間的な誇りにもなったことは間違いありません。

 わたしたちの人生に何故、苦痛、苦難があるのかは大きな疑問です。しかし、ダビデは「苦しみ(苦痛、苦難)にあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」と言いました(口語訳、NIV等、詩一一九:七一)。ダビデは他人の妻バト・シエバを自分のものにし、彼女の夫、ウリヤを殺しました。預言者ナタンの叱責により、ダビデははじめて自分の罪に気がつき、悔い改めました。神はダビデの罪を許されましたが、ダビデは自分の蒔いた罪の結果を刈り取らなければなりませんでした(サムエル下一二章)。ダビデの苦痛、苦難は彼を敬虔な品性に練り上げました(サムエル下一二:一~二二、詩五一編)。
 ヨブに起こったことはもっと複雑です。ヨブは「人は女から生まれ、人生は短く苦しみは絶えない」と言いました(ヨブ一四:一)。苦痛、苦難を受けることによって、いかに義人であっても神の前に立てないことを知りました。そして神と自分との間に立って調停をして下さるお方、すなわち主イエスを求めました(同九:三二b~三三)。
 エドウィン・ライシャワー博士はアメリカの在日大使として有名でしたが、博士の両親は日本への宣教師でした。夫妻に二人の男の子の後、女の子、フェリシアが生まれましたが、彼女が一歳になった時、高熱のため聴力が失われてしまいました。この夫妻の受けた大きな苦痛と苦難は、日本での使命の達成のために必要なことでした。この癒され難い傷は日本に奉仕するための「恵みの棘(とげ)」となり、彼らの祈りによって「日本聾話学校(ライシャワー・クレーマー学園)」が設立されました。
 パウロの身に刺さった「棘」は何だったのでしょうか。それは彼に肉体的、精神的な苦痛をもたらしただけでなく、伝道者として致命的とも思えるものだったに違いありません。パウロは三度それを去らせてもらうよう主に願いました。しかし、彼の願いは聞き入れられませんでした。それは彼が常に謙虚な使徒であるために必要なことだと言うのです。

  主イエスは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました(九節)。主イエスご自身、神でありながら弱い人間の体をとられてこの世に来られました。わたしたちは主イエスの十字架への歩みの中に神の力が秘められているのを見ます。主イエスはわたしたちにも自分の十字架を負い主イエスに倣ってこの世で苦痛、苦難の道を歩むよう求められます(マタイ一六:二四)。わたしたちにはその力はありません。しかし、主イエスの愛に応え、主と共に歩もうとする時、主イエスの力がわたしのうちに宿るのです。「(わたしのうちに)宿る」は原義では「テントの中に宿る」です(九節)。テントは丈夫な建物ではありません。この弱い体のわたしたちに対しても主イエスが宿るなら「わたしの恵みは十分である」と言われるのです。

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