2013年5月19日日曜日

ルカ24章44-53節「高い所からの力に覆われるまで」

第157号

《ペンテコステ礼拝》

 使徒たちのメシア理解と他の人たちの考えとは同じでした。それは当時のメシア観でした。メシアはエルサレムでローマの支配から人々を解放し神の国を造る、その国はイスラエルから世界に広がると信じていたのです。使徒たちは主イエスと一緒にその国を支配すると信じ、その為には自分の命を捨てることすら厭いませんでした。しかし、彼らの前で起こったことはそうではありませんでした。主イエスはユダヤ人指導者たちに捕まり、サンヘドリン(ユダヤ大法院)で裁判にかけられ、ローマ提督のポンティオ・ピラトのもとに引き渡されて十字架に付けられたからです。彼らの期待に反して主イエスはメシアとしての力を何も発揮されませんでした。使徒たちの失望はどれほど大きかったか分かりません。彼らは自分たちも捕らえられ、殺されるのではないかと恐れ、鍵を掛けた部屋に隠れました。多くの弟子たちは失意のうちに郷里に戻ろうとしました。エマオ出身の二人の弟子たちもそのような人たちでした。
 エマオに向かって歩いている二人に主イエスが近寄り、話しかけられました。復活の主は生前と違っていて、二人にはそのお方が誰であるか分かりませんでした。その方は道々二人に聖書を開いて、モーセとすべての預言者から始めて、ご自身について書いてある全てを解き明かされました。それは生前の主が彼らに何度も話して聞かせていたことでした。エマオにある彼らの家に着くと、その人を強いて引き留め一緒に食事をしました。その時、彼らの目が開けて主イエスだと分かりました。二人は直ちにエルサレムに戻り、それらのことを弟子たちに告げました。使徒たちもまた復活の主にお会いしたと語り合っていたのです。
 部屋に集まっていた弟子たちの真中に突然、主イエスが立たれました。亡霊が現れたと驚く彼らを御自身の体に触れさせ、また焼いた魚を食べられ、亡霊ではないことをお示しになりました。そして、「聖書を悟らせるために彼らの心を開いて」メシアは苦難を受け、十字架に付けられ、三日目に復活すること、そして「罪の赦しを得させる悔い改めが、…あらゆる国の人々に宣べ伝えられる」ことを話されました。

  使徒たちは三年前、主イエスに出会い、家族や仕事を捨てて従いました。彼らは主イエスが人々の病を癒し、死者を甦らせ、荒れ狂う波すら支配する力を持っていることを目の当たりにし、この方こそエルサレムを復興される方、メシアであると信じるようになりました。そして主が復活されたのを知ると、再び使徒たちは「神の国」がこの世に実現するのではないかと思うようになったのです。その使徒たちに主イエスは「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都に留まっていなさい」と命じられました。三年間、寝食を共にした使徒たちは主イエスのことをよく知っているはずでした。そして苦難と十字架に続き、復活されたのを知らされました。にも拘らず、「神の国」と彼らに与えられた使命が何であるかは分かりませんでした。

 弟子たちは、主イエスから「神の国」のことを聞いても理解することは出来ませんでした。それはわたしたちにも言えることで、「神の国」は生まれつきの人には隠されているからです。人の心に神の霊が宿り、その人を支配されるということなど誰が考えることは出来るのでしょうか(ヨハネ三章一節~九節参照)。
 神は最初の人アダムを土の塵で造られ、御自身の息を吹き込まれました。それによって人は「生きた者」となりました。同じように、わたしたちも神の息を心に吹き入れられることによって、初めて「生きた者」となるのです。神の国は使徒たちが考えていたように目に見える形でやっては来ませんでした。
 教会は聖霊を受けた人たちの群れです。それは昔、エジプトで奴隷だった民がモーセによって導かれ、自由の民となったイスラエルと同じです。わたしたちも神が御自身を礼拝する民としてこの世から選び出されたからです。この選びはわたしたちの特権となるものではなく、神に仕える者とされるためでした。
 教会の使命は主イエスを礼拝し、証することですが、その力は使徒にもわたしたちにも無く、神御自身にあります。そのために「高い所からの力に覆われるまで」待たなければならなかったのです。使徒たちは、主イエスの言葉を信じ、祈って待っていたため、神の霊を受けたのです。それがペンテコステの出来事でした。主は求める者に必ずご自身の霊を与えて下さるのです。

 

2013年3月17日日曜日

マタイ17章1-13節「これはわたしの愛する子」

第155号

 東日本大震災から二年が経ちました。当日、東京神学大学の卒業式に出席していましたが、礼拝堂の天井が大きく揺れ、梁が落ちて来るのではないかと思いました。十日後、パートナーズ・インターナショナル米国(NGO)のスタッフ、ボブ・サーベッジ氏と仙台、石巻を訪れました。そこにはニュース等で見た光景が広がっていました。住民は復旧のために立ち上がろうとし、自衛隊や海外からのボランティアなども多くいました。教会もまた地域の人たちに食糧や寝場所を提供する等して貢献していました。人々は長い列を作って順番を待ち、何事にも自分より弱い人たちを優先させ、助け合っていました。このような被災者の様子にサーベッジ氏は心を動かされたようでした。
 日本には海外からの留学生や英語教師がいますが、彼らの多くはユーチューブの動画やフェイス・ブック、スカイプ等のネットで自分の安全を家族や知人に知らせると共に、被災地への募金を呼びかけていました。同様に海外からも多くの人が義援金を呼びかけていました。個人や教会から多額の援助金が送られて来たことにパートナーズ・インターナショナル米国は驚いていました。災害援助専門家サーベッジ氏が急遽来日したのはそのためでした。
 不思議な事に世界には日本に特別な関心を寄せ、このような災害が起こると涙する多くの人がいます。それは以前から日本の自然や歴史に関心を持っていたり、日本に滞在したことがある人々以外にも見られます。彼らの日本人への愛はどこから来ているのでしょうか。

 主イエスと三人の弟子ペトロ、ヤコブ、ヨハネは高い山に登られました。そこで主イエスは太陽のように光り輝きました。そして弟子たちを雲が覆うと「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声がありました。この光景は預言者モーセのシナイ山での出来事に重なります。モーセが持って来た石の板に神は御自身の指で十戒を刻まれ、イスラエルの民に与えられました。民がこの戒めを守って生きるなら神に祝福され、守らないなら裁かれるのです。
 民は残念ながら律法を守って正しく生きることは出来ませんでした。聖と義なる神は天におられる裁判官であって、民は一人として裁きに耐えられませんでした。時が満ちて、神はイスラエルの民だけでなく全世界の民を救うため、御自身の独り子をこの世に与えられました。
 人々は主イエスを十字架に付けましたが、主イエスはその十字架の上で天の父に「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです」と言われました(ルカ二三章三四節)。主イエスは全ての人の罪を御自身で負われたのです。そして、神の呪いとなって十字架上で亡くなりました。その独り子を天の父は三日目に復活させられたのです。主イエスの贖いの故に、人は律法に従って義しく生きる必要はなくなりました。主イエスを信じるだけで救われるからです。
 弟子たちが主イエスのもたらした福音を心から信じることが出来るようになったのはペンテコステ(聖霊降臨日)で聖霊を受けてからでした(使徒二章参照)。わたしたちの心に聖霊が宿ることによって初めて神の言葉が石の板に代わって心に刻まれるのです。そうして、わたしたちは神を愛し、人を愛するように変えられて行きます。

 東日本大震災の津波の大きさは千年に一度と言われています。東日本の海岸に沿って建物や施設が流され、二万人近い人の生命が失われました。そして津波によって起こった福島第一原子力発電所事故の放射能漏れのため、多くの人々が住みなれた土地を離れなければなりませんでした。しかしそのような中で示された人々の規律と忍耐、自己犠牲はわたしたちに痛みと悲しみだけでなく、生きる力と将来への希望を抱かせるものでした。また世界中からの激励は彼らもまたわたしたちと同じ気持ちでいることを教えてくれました。これらの災害は決して偶然や摂理ではないと思うのです。日本がこのような苦難を受けることにより、精神的により強くされるためではないでしょうか。それは世界に果たすべき使命を持った国であるからだと思います。そしてその事を世界の人たちも無意識にでも知っているが故に、これ程までの愛を日本に注いでくれたのではないでしょうか。多くの国の人にとって日本はその意味で特別な国であることを忘れてはならないと思います。そしてそれ故に神と人の前に謙遜にならなければと思うのです。

 

2013年2月17日日曜日

マタイ14章22-36節「主よ、助けてください」

第154号
「五千人への給食」の後、主イエスは弟子たちを舟に乗せて向こう岸に行かせ、群衆を解散させました。そして独り祈るために山に登られました。夕方になり、夜が明けるまでその祈りは続きました。その間、弟子たちは海で逆風と荒波に苦しんでいました。彼らの多くはその海(ガリラヤ湖)の漁師でしたが、舟が沈むと思い、死の恐怖に怯えていたのです。
 夜明け頃、主イエスが湖面を歩いて彼らのところにやって来ました。それを見た弟子たちは「幽霊」だと大声をあげると、主イエスは「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われました。ペトロが「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、…そちらに行かせてください」と答えると、主イエスは「来なさい」と言われました。ペトロは舟から降り、水の上を歩き始めました。しかし、すぐ風と波を見て怖くなり、沈みかけ「主よ、助けてください」と叫びました。主イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われました。二人が舟に乗りこむと同時に風は止み、波はおさまりました。弟子たちは主イエスにひざまずき、礼拝しました。

 「海」はわたしたちの「人生」を意味します。誰もが波風のない平和な毎日を望んでいます。そのための「世の原則」は気の合った人とだけ一緒に働き、生活するということです。そうすれば、いやなことは何も起こらないからです。相手を愛すれば、それに見合う愛が必ずその人から帰って来ます。自分もその人も良い人となるのです。しかし現実の生活でそのようなことはありません。必ず、自分と合わない人が現われ、あの人さえいなければいいのにと思ったりします。自分が苦手意識を持つなら、その人もあなたに対して同じように思うでしょう。そのようにして、良い人であったはずの自分が本当は人を愛せない、醜い自分であることに気付かされます。事故や怪我や病気ではなく、愛の欠乏こそがそこでの自分の居場所をなくさせることになります。そして生きることが苦しくなるのです。
 「舟」は「教会」を指すと言われます。教会もまた気の合った仲間だけが集まっていれば、楽しいところとなるのではないでしょうか。しかし、現実の教会は違います。色々な人が集まって来るからです。すると様々な考え方の違いが表面化し、逆風が起こり、荒波が立ちます。主イエスを見失い、暗闇の中で苦しむことになります。
 人間的な手立てがなく、もはや助かる見込みがないと思われる時に主イエスが近づいて来てくださるのです。わたしたちは主イエスに「わたしである」と言われて初めてそのお方に気が付きます。主イエスは「わたしの所に来なさい」と言われますが、わたしたちの目はどうしてもこの世と人とを見てしまいます。その結果、二心となって再び海に沈もうとするのです。そのような場合の「信仰の原則」は「主よ、助けてください」との心からの叫びです。主「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ」て下さるからです。

 ペトロは舟に乗っていた弟子たちとわたしたち全ての代表です。ペトロが湖面を歩くことが出来たのは「自分の信仰」ではなく、「主イエスの信仰」の故でした。それは主イエスが天の父にわたしたちのためにして下さったことに目を止めるということです。このように主イエスに眼を注ぐことによって湖面を歩くという奇跡すら行えるのです。従って、そこから目を離せば沈む他はありません。それは旧約聖書に出て来るモーセの「杖」と同じで、その「杖」は「モーセの信仰」ではなく「主イエスの信仰」なのではないでしょうか。
 ペトロの湖上歩行は、わたしたちに主イエスの力に信頼することの大切さを教えます。教会は主イエスの全能を認め、このお方を神と告白しなければなりません。主イエスを通して示された神の力は主イエスの死からの復活においてわたしたちに示されています。主イエスの復活を信じることがわたしたちの信仰の出発点であって、それが無から有を生み出した創造の神を信じること、そしてまた、主イエスの湖上歩行を信じることにも繋がるのです。
 弟子たちが暗闇の中で波風に怯えていたとき、主イエスは山で祈っておられました。それは今、天でわたしたちのために祈られている主イエスに重なります。この世の波風はわたしたしたちを海に沈めようとします。しかし、助けは主イエスから来るのです。そして、それによって主イエスを全能の神として礼拝することが出来るようされるのです。

2013年1月20日日曜日

マタイ21章1-11節「主イエス、エルサレムに迎えられる」

第153号

 主イエスはエルサレムに向かって歩み始めました。オリーブ山の東側から山の南側の山麓に沿って進みケドロン川を越えてエルサレムに上るのです。イスラエルは民がバビロンから帰還後も五百年に亘って異民族に支配されました。その当時はローマ帝国によって虐げられていました。弟子たちは主イエスがエルサレムに入られることにより、民が重い頸木から解放され自由にされると信じていました。主イエスが支配する神の国の出現を思い、いよいよその日が来たと心がときめいたことでしょう。
 主イエスはベトファゲに着くと二人の弟子を使いに出し、「主がお入り用なのです」と言って、ロバとロバの子を引いて来るよう命じました。
 主イエスがロバに乗ると彼らは服や木の枝を切って道に敷き、「ダビデの子にホサナ」と叫びました。《ホサナ》とは「今、救ってください」の意で、「ダビデの子、万歳」、「ダビデの子に『祝福あれ』」の意です。主イエスは人々の歓呼の声に包まれてエルサレムに入城しました。王がロバに乗ってエルサレムに入城することは五百年前にゼカリアが預言していたことでした(ゼカリア書九章九節)。
 しかし、王が凱旋するのであれば軍馬に乗り、威風堂々と入城するはずでした。しかしこの王は「柔和な方」で、「荷を負うロバ」に乗っていました。ロバは平和の象徴でもあります。エルサレムの住民は混乱し「いったい、これはどういう人だ」と言って騒ぎました。それに対し主イエスと一緒にいた人たちは「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と答えました。彼らは主イエスが病人を癒し、自然を支配し、死人さえ甦らされたことを知っていたからです。そしてこのお方は天からの火で敵を滅ぼすことも出来ると信じていたのです。

  弟子たちは神の国の実現のため主イエスと共に戦って死ぬ覚悟でした。そのためには自分の命も惜しくはありませんでした。しかし、勝利を得た暁には主イエスと共にその国を支配することを夢見ていました。

その中にあって主イエスだけがエルサレム入城の本当の意味をご存知でした。それは、エルサレムで苦難を受け、十字架に付けられるということでした。神であり人である主イエスが人々の罪の身代わりとなって死ぬことがこの世に神の国をきたらせる唯一の道でした。
 エルサレムに入った弟子たちは、主イエスがいつ決起するかと心待ちにしていました。しかし、一向にその気配はありません。それどころか、敵がやって来た時、剣を抜いて戦おうとしたペトロを止め、天からの火で焼きつくすように求めた弟子を叱責されました。弟子たちは逃げるより他ありませんでした。どれ程後から悔やんでも、それは主イエスを見捨てたということでした。民衆もローマからイスラエルを解放しようとしないイエスを嘲り「十字架に付けよ」と叫びました。

 多くの人が自分は神を信じていると思っています。祭司長、律法学者、ファリサイ派の人たち、そして主イエスに従った弟子たちも皆、聖書を読み、神を信じていました。しかし、誰一人、主イエス御自身が神だと認識していませんでした。そのことから彼らは自分の頭で思い描いた神を神と信じていたにすぎないことを知らされます。同じことはわたしたちにも言えます。主イエスが神であることは、生まれつきのわたしたちには隠されていることなのです。
 主イエスは十字架に付けられましたが、三日目に甦られました。そして御自身を四十日に亘って弟子たちに示し、天に昇り神の右に坐られました。そして約束の聖霊を受け、弟子たちに注がれました。それがペンテコステの日に起こったことで、聖霊を受けた弟子たちは初めて主イエスが神であることを知りました。そのことは神の側からの働きかけによるもので、人間の力によるものではありません。わたしたち人間は自分の力で神を知ることは出来ないのです。
 主イエスはわたしたちの罪を全て負い十字架に付けられ、その罪を贖われました。わたしたち自身が自分の救いのために何かしなければならないということではなく、この主イエスのなされたことがわたしたちの救いとなったのです。それは主イエスを通してわたしたちに示された神からの一方的な恵みなのです。
 主イエスは神の子であるにも拘らず荷を負うロバの背に乗られました。低くされ、無価値な者、貧しい者とされました。そして、苦難と十字架の死を受け入れられました。それによってこの世ばかりでなく、永遠の都エルサレムの王となられたのです。軍馬に乗り、威風堂々と入城する王であれば弟子たち、また民からも歓迎されたでしょう。しかし、それではこの世の王にすぎなくなってしまいます。神の国は霊によって主イエスを王として礼拝する民によって生まれ、永遠の都エルサレムとなるのです。

2012年12月16日日曜日

ヨハネ3章16節「あなたの愛する独り子」

第152号

《クリスマス礼拝》

 

創世記22章1-8節

 アブラハムにイサクが与えられたのは百歳の時で、それ以来独り子の成長を見続けて来ました。どれ程イサクを愛していたことでしょう。神はそのようなアブラハムを「試され」ました。神は命じられ…『あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしの命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としなさい』」と言われました。
 「試された」と書かれていることにより神はイサクの命を取るのではないことをわたしたちには知らされています。しかしアブラハムには隠されていたが故に、このことはあくまでアブラハムの信仰の忠誠を確かめるための教育的試練だったのです。にも拘らず、父が子の命を取るようにと求めるこの神の試みは余りにも理不尽であり、承服できないものがあります。アブラハムは妻サラに自分のしようとすることを告げることは出来なかったことでしょうし、また、普通は誰一人、アブラハムのように実行する人はいないのではないでしょうか。

  「神が、『アブラハムよ』と呼びかけ」ると、彼は「はい」と答えました。その声は確かに神の声なのかと疑問に思う余地はありません。それは父と子の関係であって、子は父の声をよく知っているのです。「モリア」の地がイサクを捧げる「神の命じられた場所」でした。わたしたちは勝手に祭壇を築き、礼拝することは出来ません。アブラハムは「次の朝早く」出立しました。神への応答を自分の意志で引き延ばすことは出来ません。三日の旅路の間、アブラハムは耐えがたい心の痛みと闘わなければなりませんでした。示された場所に近づくと、供の若者たちを待たせ二人だけになりました。イサクは薪を背負い、アブラハムは危険な刃物と火を持ち歩き始めました。長い沈黙の後、イサクは「お父さん…焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか」と尋ねました。祭儀について知っていたのです。父は「…きっと神が備えてくださる」と答えました。
 アブラハムはかつてカルデヤのウルを出るとき過去と決別しなければなりませんでした。神の言葉に従い故郷を離れ、肉親や友人と別れるのは辛いことでした。そして今、将来とも決別しなければなりませんでした。年老いた自分が死に、イサクが生きるならこれ程苦しまなかったでしょう。しかし、彼は神に黙々と従い、イサクもそのような父に自分の身を委ねたのです。
 「神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き…息子を屠ろうとし」ました。「そのとき、主の御使いが『アブラハム、アブラハム」と呼びかけ』…あなたが神を畏れる者であることが、今、分かった」と言われたのです。そして、そこには一匹の雄羊が木の茂みに角を取られていました。アブラハムはその羊をイサクに代えて焼き尽くす献げ物としました。アブラハムはその場所を「ヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)」と名付け、人々もイエラエ(主の山に備えあり)と呼ぶようになりました。

アブラハムはハランの地を出る時に神から土地、子孫、祝福に関する約束を受けましたが、ここで再びそれが確かなものとされてベエル・シェバに戻りました。

 
 万物は神によって創られ、支配されています。わたしたちの心も同じです。エジプトの王ファラオはモーセに聞き従おうとはしませんでしたが、その心を頑なにしたのは神でした(出エジプト記四章二一節参照)。人々が主イエスを十字架に付けたのも神の御計画でした(使徒言行録四章二八節))。わたしたち人間は「神の中に生き、動き、存在する」(同一七章二八節)のであって、神に対応する自由な存在ではありません。神がこの世界を一元的に支配しておられるのです。従って、ここでアブラハムは神の「試み」に合格した見習うべき偉大な人物として称賛されているのでも、神が彼の祈りに応えられたという訳でもありません。アブラハムが主人公ではなく、神の主権が問題とされていて、神がすべてを準備され、約束を果たされるということなのです。
 神はアブラハムに焼き尽くす献げ物としてイサクに代わって雄羊を用意されましたが、同じようにわたしたちのために主イエスが備えられたのです。洗礼者ヨハネは、主イエスを見て「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と言いました(ヨハネ一章二九節)。御自身の愛する独り子を十字架に付けた天の父のお苦しみは、イサクを献げたアブラハムの心の痛みに重なるのです。
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。わたしたちの身代わりの小羊の誕生こそクリスマスの出来事であって、主イエスによって神の国が到来し、永遠の命の確かなことを教えるのです。

 

2012年10月21日日曜日

出エジプト記3章7-10節「今、行きなさい」

第150号

 
 この章の一節から六節には、羊飼いモーセと神との出会いが書かれています。モーセはミディアンの地で姑エトロの羊を飼っていましたが、ホレブの山に来た時、柴が燃えているのに燃え尽きないのを見て不思議に思い「道をそれて」その柴のところにやって来ました。すると「主の御使い」が柴の中で燃える炎の中に現れ、「モーセよ、モーセよ」と語りかけました。
 羊飼いは普通、五〇頭から百頭を連れて移動します。この羊の群れを外敵から守り、緑の野辺に導かなければなりません。「道をそれて」とはしばらくこの羊から離れ、燃える炎に関心を移すということでした。しかし、それはモーセにとって、神が備えられた別の「道」を歩むその時が来たということでもありました。
 主はモーセに「履物を脱ぎなさい。ここは聖なる場所である」と言われました。古代のイスラエルでは履物はその人の主権を象徴するものでした(ルツ記四章八節参照)。神がモーセに求めたのは自分を神に差し出しなさいというもので、その神は「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」でした。
 今日の聖書箇所、七節から一〇節では神の側に立って、何故、モーセに御自身を顕現されたのか、その理由が述べられています。それは、モーセをエジプトに遣わし、ご自分の民を約束の地に導き出すためでした。この使命を達成するためにこれまでのモーセの生涯があったのです。最初の四〇年はエジプトの王になるための宮廷での学び、次の四〇年は荒野で羊飼いとして愛と忍耐を学ぶ期間でした。そして主はモーセに「今、行きなさい」と言われました。ここからモーセの新しい、そして最後の四〇年が始まるのです。

 七節には、神は「見」、「聞き」、「知った」とあります。世界中の神の多くは人とは別の世界に住み、人にこのような関心を示すことはありません。しかし、イスラエルの神は違います。神は「エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ声を聞き、その痛みを知った」のです。九節でも「見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た」とあります。そして八節、「それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し」、約束の地に「導き上る」と言われ、一〇節で「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」と命令されました。

  神はイスラエルの民を「わたしの民」と呼び、エジプトの民らと区別しています。それは、神の選びによるもので、アブラハムの子イシマエルの民は「わが民」ではありません。「わたしの民」の受ける苦しみ、痛みは、神御自身の苦しみ、痛みでもあります。それは親子の関係と同じです。子の受ける苦しみ、痛みは親の苦しみ、痛みとなるからです。モーセはご自分の民と一緒に苦しんでいる神を知りました。
 中世の修道士アッシジのフランシスコはある時、涙を流し、その理由を友人に「主イエスのお苦しみを思うと泣けて、泣けて仕方がないのです」と言ったと伝えられます。インドの聖女マザーテレサも十字架の主イエスを見たと言います。そこで主イエスから「わたしは渇く」との言葉を聞き、愛に渇く貧しい人たちのために生涯を捧げる決心をしました。主イエスはわたしたちの苦しみ、痛みを御自身のものとされ、わたしたちを救われました。
 人は自分で自分を救うことは出来ませんし、他人を救うことも出来ません。「わたしの民」を救われるのは神御自身なのです。神はモーセにしたように、わたしたちにも日常の「道をそれて」神の備えたもう「道」に入って行くように求められます。神に「声をかけられ」、聖なる「場所」に導かれ、「履物を脱ぎ」、自分を神に差し出すのです。そのようにしてわたしたちは救われるのです。わたしたちの痛みを御存じの神はわたしたちを捨てられることはありません。

 モーセは「わが民」のために苦しみ、心を痛める神を知りました。そしてその神から「今、行きなさい」と命じられました。四〇年前、ファラオの宮廷を出てイスラエルの民のために立ち上がろうとした時、彼は若く力と自信に満ちていました。今は八〇歳、かつての面影はありません。しかし、人は弱くされて初めて神の器になるのです。
 神の人モーセは人の子イエスに重なります。主イエスも天の父のもとで豊かであったにもかかわらず、貧しくなられたからです。そして十字架の死に至るまで従順でした。それゆえ天の父から与えられた偉大な使命を果たすことが出来たのです。
 モーセは妻子をろばに乗せ、エジプトに降って行きました。わたしたちも「今、行きなさい」という使命を主イエスから与えられているのではないでしょうか。

2012年9月16日日曜日

使徒7章54-60節「この罪を彼らに負わせないで」

第149号

ユダヤ人たちは民衆、長老たち、律法学者たちを扇動し、ステファノを最高法院に連れて行きました。そして、「この男は、この聖なる場所と律法をけなして、一向にやめようと」しない、「あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変える」と言っていた、と訴えました。大祭司が、「訴えのとおりか」と尋ねると、ステファノはイスラエルの歴史を回想し、預言者たちと律法に不忠実であった民の罪を指摘し始めました。そして「いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか」、今や、その預言者が証したように、神である主イエスがこの世を救うために来られると「あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした」と彼ら自身の罪を糾弾しました。それを聞いた人々は激しく怒り、歯ぎしりをしました。
 ステファノは聖霊に満たされ天に顔を向けると「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言いました。すると、人々はその言葉が聞こえないように大声で叫び、手で耳をふさいでステファノ目がけて一斉に襲いかかりました。彼らにとってこのステファノの言葉は神に対する冒涜でしかなかったのです。イエスは人であるにも拘らず自分を神とした罪人だったからです。その冒涜のために彼らはイエスを木に掛けたのです。彼らはステファノを都の外に引きずり出し、石を投げつけました。ステファノは「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言い、ひざまずいて「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫び眠りにつきました。

ユダヤ人たちは神を信じ、預言者を敬っていました。彼らにとってアブラハムは信仰の父であり、モーセはエジプトで四百年間奴隷であったイスラエルの民を導き出し、荒野で幕屋と律法を与えた偉大な指導者でした。ダビデは偉大な王であり、ユダヤの勢力を世界に広げた百戦錬磨の将軍でした。彼らにとって神を信じ、預言者を敬うということは自分もまた神と人の前に立派になり偉大になることを意味していました。そのために人々は神殿を築き、律法を厳守しました。同じことはわたしたちにも言えます。誰も多少なりとも神とこの世に貢献したいと思っているからです。良い行いと努力で神に喜ばれ、「忠実な良い僕だ。よくやった」と言われたいのです(マタイ二五章二三節)。
 ユダヤ人たちは、神が預言者に約束された、来るべきメシアもまた力と栄光に満ちた方で、モーセのように自分たちイスラエルの民をローマの頸木から解放してくださると信じていました。しかし、主イエスは彼らが期待していたようなメシアとは違いました。貧しく、権力もなく、生まれつきの偉大さもありませんでした(イザヤ書五三章)。
 主イエスが人は預言者を信じたり、律法や神殿の祭儀を守ることによって救われるのではなく、ご自身を神と信じることによってのみ救われると言われました。それらのものは陰にすぎず、真なるものが現われる時までのことだと言われるのです。この主イエスにユダヤ人たちは躓きました。

 イスラエルの人々が主イエスをメシアと信じることが出来なかったのは人間的な偉大さの中にメシアを見ようとしていたからです。それは、預言者を偉大な人と見ることにより、真の「偉大さ」は何かが見えなくなっていたからです。偉大な仕事をしたのはその人ではなく神がその人を通して働かれたからなのです。神が預言者に求められたのは、自分を無にすることでした。自分が低くならなければ神はその人を自分の器として用いることは出来ないからです。同じことはメシアである主イエスにも言えました。そしてわたしたちに低くなる、貧しくなるということはどういうことかを示されたのです。
 主イエスは天の父のために自分の家を捨て、家族を捨て、遂には自分の命さえ捨てられました。そして十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください」と言われました(ルカ二三章三四節)。ステファノも主イエスと同じ道を歩みました。そして石に打たれた時、同じことを祈りました。このステファノを主イエスは玉座から立ち上がって受け入れ、「忠実な良い僕だ。よくやった」と言われるのです。
 主イエスの十字架も、ステファノの殉教も、全ては神のご計画でした。神はその目的を実現させるためにはご自分の民への迫害さえ利用されるのです。神は創造者でわたしたちは被造物なのです。主イエスの十字架によって救いがこの世に到来し、ステファノの殉教によって福音はユダヤ人から異邦人に広がりました。わたしたちは「この罪を彼らに負わせないでください」と祈ったステファノに倣い、彼と同じように主イエスに従うことが求められているのです。