2005年6月19日日曜日

マタイ5章1~12節「大きな報い」

第62号

 
山上の説教の「幸福への八つの態度」はいずれも同じ形の文です。すなわち前文は「…は、幸いである」と現在形で、後文は未来系となっています。最初は「心の貧しい人」です。貧しいとは地位も名誉も財産もない人です。社会で踏みつけられ、見放され、頼ることの出来るのは神だけという人です。二つ目は「悲しむ人」です。地位、名誉、財産を失うのは悲しいことです。親しい友人、親族、配偶者を失うとき、そして、自分の死を前にして悲しむのです。三つ目は「柔和な人」です。それは問題を神に委ねることの出来る人です。ですから、うろたえたり、あせったり、怒鳴ったりしません。語源的には「貧しい」と同じですが、人や神に対しもっと積極的に対応しています。神に対して謙虚で、人に対しては堂々としているのです。四つ目は「義に飢え乾く人」です。「義」とは神との平和です。それは主イエスの十字架の贖いによるものです。「義」とは社会的な正義を求めるということでもあります。「義を行う人」という意味ではありません。五つ目は「憐れみ深い人」です。他の人の心の中に入ってものを見、考え、感じることの出来る人です。他者との間に対立、嫉妬、脅威がないということでもあります。わたしたちの他者への憐れみは神に憐れみを要求する権利とはなりません。神の憐れみを受ける立場であるが故に人にも憐れみ深くなるのです。六つ目は「心の清い人」です。自己中心でない、二心なく純粋に神の栄光を求める人です。七つ目は「平和を実現する人」です。平和はヘブル語で「シャローム」です。それは争いがないこと以上を意味します。体と心が満足している状態です。旧約聖書のソロモンの時代の平和は、外にも内にも敵がない、災いがありませんでした。それが平和と繁栄の時代を招いたのです(列王記上五章)。最後は「義のために迫害される人」です。上記の実行のために戦い、迫害される人です。そして上記文すべてに該当する「幸い」とは「神に祝福される」ということです。「幸い」が神の贈り物として与えられるのです。

 「幸福への八つの態度」は、主イエスが荒れ野の誘惑で悪魔に試みられたとき示された態度でもあります。そして、その態度は生涯変わることはありませんでした。荒れ野での悪魔の最初の誘惑は、最初は飢えによる死の問題でした。主ご自身四十日四十夜の断食で飢えられ、死の淵に立たされました。その時悪魔は神の子なら石をパンに変えたらどうだと誘惑したのです。それは、断食で飢えた主イエスご自身だけでなくパレスチナの多くの人の問題でもあり、今日の問題でもあります。しかし、主イエスはご自身の意志で石をパンに変えられませんでした。あくまで天の父の御心に従うことをを優先されました。自分を無にして天の父の御心に委ねられ、わたしたち人間のあるべき模範となられました。主イエスは御自分のすべてを棄てられ二心なく天の父に仕えられ、天の父との間に完全なに平和がありました。主イエスこそ「心の貧しい人」、「悲しむ人」、「柔和な人」、「義に飢え渇く人」、「憐れみ深い人」、「心の清い人」、「平和を実現する人」でした。しかし、そのすべてのが人々の主イエスへの迫害につながり、十字架の死で生涯を終わられました。

 主イエスはガリラヤの湖畔で、ペトロ(シモン)とアンデレ、そしてヤコブとヨハネに会うと「わたしについて来なさい。人間を捕る漁師にしよう」と言われました。弟子たちにとって主イエスに従うことは大きな「決断」でした。それは「回心」であり、それまでの生き方の「悔い改め」でした。救いは旧約聖書においては義務として神殿礼拝、安息日の厳守、そしてシナゴグ(ユダヤ人会堂)での聖書の学びがありました。新約聖書でも教会での礼拝、良い行い、そして聖書の学びが義務としてわたしたちに課せられています。しかし、それも大切ですが、もっと大きなことで、真の「幸い」は主イエスを「信じ」、「従う」ことにあります。それには主イエスを愛しているか、主イエスの御言葉に耳を傾け、その声を聴きながら生きているかどうかが問われます。それは主イエスと生きた交わりを持っているかどうかということであり、主イエスがあなたと共におられるかどうかということです。このように語りかける主イエスを知っているということは、永遠のいのちの確かさの中に生きることでもあります。なぜなら主イエスは死んで甦られたお方だからです。それは主イエス自身の約束が確かなものとされていることを知ることだからです。主イエスの言葉を聴くことは、永遠の命の確かさを知っているということであって、死とその力による恐怖から自由にされることです。それこそ「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には『大きな報い』がある」ということなのです。

2005年5月15日日曜日

コリント二12章1~10節「わたしの恵みは十分である」

第61号


「誇り」は自分を高くし人を低くします。わたしたちは自分は頭が良いと誇り、また名誉、地位、財産を誇ります。信仰に熱心な人はそのことを誇ります。人は神に対してですら誇り、神を神と認めず、自らを神として生きようとします。サタンは人類の祖先であるアダムとエバを誘惑し、「神のように善悪を知るものとなる」と言いました。(創世記三:四)。そのサタンも「わたしは天に上り…いと高き者のようになろう」と高慢になり、天から地に落されました(イザヤ一四:一三~一四)。

 パウロの誇りは何だったのでしょうか。それは他の人にはない宗教体験にありました。彼は楽園(口語訳、パラダイス)にまで引き上げられ、そこからまたこの世に戻って来たのです(二~四節)。「楽園」と言う言葉は新約聖書ではこの他二箇所で使われています。その一つは主イエスが一緒に十字架につけられ犯罪人の一人に「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と約束された箇所です(ルカ二三:四一~四三)。パウロはここで「楽園」のことを「第三の天」とも呼んでいます。それは当時、人々は天は三層からなっており第三層は神の臨在するところと考えていたからです。時代によって天は五層、七層あると考えられました。いずれにせよ楽園は死ななければ行くことはできないところです。その楽園でパウロは「人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にした」と言います(四節)。パウロは楽園は確かに存在し、主イエスの約束は確かなことを知りました。それはわたしたちの復活の確かさをも教えます。楽園を知ったことはパウロにとって宣教への大きな力となったことでしょう。しかし、このような素晴らしい体験は人間的な誇りにもなったことは間違いありません。

 わたしたちの人生に何故、苦痛、苦難があるのかは大きな疑問です。しかし、ダビデは「苦しみ(苦痛、苦難)にあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」と言いました(口語訳、NIV等、詩一一九:七一)。ダビデは他人の妻バト・シエバを自分のものにし、彼女の夫、ウリヤを殺しました。預言者ナタンの叱責により、ダビデははじめて自分の罪に気がつき、悔い改めました。神はダビデの罪を許されましたが、ダビデは自分の蒔いた罪の結果を刈り取らなければなりませんでした(サムエル下一二章)。ダビデの苦痛、苦難は彼を敬虔な品性に練り上げました(サムエル下一二:一~二二、詩五一編)。
 ヨブに起こったことはもっと複雑です。ヨブは「人は女から生まれ、人生は短く苦しみは絶えない」と言いました(ヨブ一四:一)。苦痛、苦難を受けることによって、いかに義人であっても神の前に立てないことを知りました。そして神と自分との間に立って調停をして下さるお方、すなわち主イエスを求めました(同九:三二b~三三)。
 エドウィン・ライシャワー博士はアメリカの在日大使として有名でしたが、博士の両親は日本への宣教師でした。夫妻に二人の男の子の後、女の子、フェリシアが生まれましたが、彼女が一歳になった時、高熱のため聴力が失われてしまいました。この夫妻の受けた大きな苦痛と苦難は、日本での使命の達成のために必要なことでした。この癒され難い傷は日本に奉仕するための「恵みの棘(とげ)」となり、彼らの祈りによって「日本聾話学校(ライシャワー・クレーマー学園)」が設立されました。
 パウロの身に刺さった「棘」は何だったのでしょうか。それは彼に肉体的、精神的な苦痛をもたらしただけでなく、伝道者として致命的とも思えるものだったに違いありません。パウロは三度それを去らせてもらうよう主に願いました。しかし、彼の願いは聞き入れられませんでした。それは彼が常に謙虚な使徒であるために必要なことだと言うのです。

  主イエスは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました(九節)。主イエスご自身、神でありながら弱い人間の体をとられてこの世に来られました。わたしたちは主イエスの十字架への歩みの中に神の力が秘められているのを見ます。主イエスはわたしたちにも自分の十字架を負い主イエスに倣ってこの世で苦痛、苦難の道を歩むよう求められます(マタイ一六:二四)。わたしたちにはその力はありません。しかし、主イエスの愛に応え、主と共に歩もうとする時、主イエスの力がわたしのうちに宿るのです。「(わたしのうちに)宿る」は原義では「テントの中に宿る」です(九節)。テントは丈夫な建物ではありません。この弱い体のわたしたちに対しても主イエスが宿るなら「わたしの恵みは十分である」と言われるのです。

2005年3月20日日曜日

コリント二7章2-16節「御心に適った悲しみ 」

第60号

 
 人は誰でも出来ることなら「悲しみ」に会わず、毎日楽しく暮らしたいと思っています。しかし、現実の生活で「悲しみ」を避けて通ることは出来ません。悲しみの極みは死ですが、その死を人は避けて通ることはできません。聖書には、イスラエルの王ダビデは、三男アブサロムによって殺された長子アムノンを悼み続けたとあります(サムエル記下一三:三七)。そのアブサロムも殺されました。ダビデは「わたしの息子アブサロムよ、…わたしがお前に代わって死ねばよかった…」と身を震わせて泣きました(一九:一)。族長ヤコブも溺愛していた息子のヨセフが死んだと聞かされ、幾日もその子のために嘆き悲しみ、慰められることを拒みました(創世記三七:三四~三五節)。
 死だけでなく人は持っている地位、名誉、財産、そして健康を損なうとき悲しみます。裏切りに会ったとき、失恋したとき、友が去っていくとき悲しみます。罪を犯したとき、そして、鍛錬に会うときそれを悲しいものと思うのです(ヘブライ一二:一一)。

 パウロは「神の御心に適った悲しみは…悔い改めを生じさせ、この世の悲しみは死をもたらします」と述べています。彼は第二回伝道旅行のとき一年半コリントに滞在し、その働きによって教会が建ちました。しかしながら第三回伝道旅行でエフェソに三年滞在している間、コリントの教会には、ユダヤ主義者が入り込んで来ました。彼らはエルサレム教会の指導者を自らの権威とし、彼らの教えを根拠としました。その教えは主イエスの福音に律法の遵守を必要条件としたもので、パウロの教えとは異なるものでした(ガラテヤ二:一一~一四)。主イエスの十字架によって与えられた自由を再び律法の下に拘束するものでした。彼らはパウロを非難し、彼の持っている使徒の権威を否定しました。そして教会を私物化し、集めているエルサレムの聖徒への募金を横領しているなどと中傷したのです。彼らの扇動により、コリント教会の人たちはパウロとその教えから離れて行きました。パウロはそれを知りどれほど悲しんだことでしょう。彼らを訪問してさとし、いわゆる「涙の手紙」を書き、そしてテトスを派遣しました。パウロはエフェソからトロアスに行き、そこからマケドニアに渡り、テトスの帰来を待ったのです。そのときパウロは「身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました」。テトスが戻って来たときパウロはどのような気持だったでしょうか。テトスはパウロに、コリントの人たちが涙を流して悔い改めているというのです。彼らはパウロに敵対する人たちとその影響を断ったといいます。それこそパウロが祈り、待ち望んでいたことだったのです。それを聞いたパウロの喜びはどれほどのものだったことでしょう。

 罪を犯したキリスト者は悔い改めが必要です(Ⅰヨハネ一:一〇)。主イエスを銀三〇枚で売った十二弟子の一人ユダはそのことを後悔しましたが、悔い改めることをしませんでした。そして自分で自分の命を絶ちました。ペトロは三度も主イエスを否みましたが、悔い改め、主イエスのところに立ち返りました。黙示録には小アジアの七つの教会の内、四つまでが悔い改めを求められています(二、三章)。
 神との和解は悔い改めによって生まれます。そうすることによって、人は神との正しい関係を取り戻します。そして、それによってはじめて人間相互の和解もまた可能になります。パウロもまたコリントの人たちが悔い改めることによって、彼らと和解することができました。それには不正を行った者を罰することと、自分の不正な態度を悔い改めることが含まれます。中途半端な和解は問題の解決とはなりません(アモス三:三)。
 わたしたちは悔い改める前と後では変わります。それまで自分のものであったのが主イエスのものとなり再び与えられるからです。そこには新しい関係が生まれるのです。アブラハムは百歳になって与えられたサラとの独り息子イサクを神に返すことによって再びその子を得ました。。ダビデは後継者アムノンとアブサロムを失いましたが、ソロモンを得ました。、ヤコブは死んだと思っていたヨセフがエジプトで生きているのを知りました。主イエスを否んだペトロは復活の主イエスから「わたしの羊を養いなさい」と言われました。同じことはわたしたちにもいえるのです。主イエスのために「家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ」のです(マタイ一九:二九)。
 わたしたちは神の「御心に適った悲しみ」を経験することによって、もはや揺り動かされることのない永遠の命に至るまで継続する、堅固なものを再び得るのです(ヘブライ一二:二七)。それがキリストにある新しい交わりなのです。

2005年2月20日日曜日

コリント二4章16-5章10節「転移ある永遠の住みか」

第59号

 
 二月十一日、大宮教会で「信教の自由と平和を求める」集会がありました。講師は都公立中学校教員の飯島信先生。先生は学校で生徒たちに「パン、平和、土地」のうち、どれが最も大切だと思うかと質問したそうです。するとどのクラスでも三分の二以上の子供たちが「平和」と答えたと言います。先生は「パン」と答えると思っていたのでその結果に驚かれたそうですが、多くの人はこの答えに共感するのではないでしょうか。しかし、今日、教育の現場ではこれとは違った意味での平和を求めているようです。平和は軍事力の均衡によってもたらされるとし、軍備の増強によって近隣諸国の脅威に対抗しようとしています。その結果、戦える人、国家のために命を捨てることが出来る若者の育成を考えているそうです。個人より公共の幸せを考える公民思想が教育の方針となり、このような国家主義の具体的な表れが、君が代斉唱、国旗掲揚ということになっているようです。明治のキリスト者、内村鑑三は日清戦争では戦争やむなしの考えでしたが、戦勝後の社会道義の低下、軍人の慢心などの弊害を見、日露戦争では非戦論を唱えました。わたしたちもまたこの内村鑑三に見習わなければならないと思います。

 パウロは人を「内なる人」と「外なる人」に分けて考えています。「内なる人」とは何なのでしょうか。以前NHKテレビで、大江健三郎氏が若者に「二つの目で外の世界を見ているこの『わたし』とは何なのでしょう」、と問いかけていました。貧しく、生きるのが困難な時代には却って自分の存在が意味を持っていたかもしれません。今日、多くの人が精神科の窓を叩き、わたしが何者なのかを教えてください、というのです。ただ食べ、寝て、息をしている存在は決して生きていることにならないからです。わたしたちは、自分以外の者、すなわち神から自らの存在の意味を問われています。従って、この問いに正しく答えることが出来るまで心は安らぐことはありません。パウロは「内なる人」である「わたし」は、「外なる人」である「身体」を住みかとしていると言っています。「外なる人」は「幕屋」、すなわちテントです。テントは仮の住みかです。すぐに古び、雨漏りや隙間風が入ってきます。わたしたちの身体もまたすぐに、目や耳が衰え、髪や歯が抜けてくるのです。わたしたちは死ななければならない存在です。そのとき「内なる人」は一体どうなるのでしょうか。
 多くの人は「外なる人」の終わりは同時に「内なる人」の終わりと考えます。生まれる前にもどるのです。ある人はいや「外なる人」が滅びても「内なる人」は生き続けると考えます。昔ギリシャの人たちはそのように考えていました。霊だけの世界があり、そこに入ると信じていたのです。わたしたち日本人も「草葉の陰で見ている」と言うような表現をします。わたしが死んでもあなたを見守っている。だから強く正しく生きなさいということです。古代エジプトの人たちは「内なる人」が死に旅立ってもいつかまた「外なる人」のところに戻ってくると考えました。そのため「外なる人」をミイラにしました。
 キリスト教はどうでしょうか。パウロは「地上の『幕屋』を脱いでも『裸』のままではいない」、「神によって『建物』が備えられている」と言います。それは復活の新しい身体で、神による新しい「人」の創造です。それは美しく、永遠に朽ちない身体です。

 わたしたちはこの復活の希望によって救われています。希望は「ある」ことが前提となっているのです。わたしたちは何故死を恐れるのでしょうか。肉体的な苦痛でしょうか、愛するものとの永遠の別れでしょうか、無に帰することでしょうか。そうかもしれませんが、本当の理由はわたしたちは神の前に立って、裁きを受けることを恐れているのではないでしょうか。この世でしてきたことの総決算をしなければならないからです。希望と同じように信仰もまた目に見えないものを「ある」と確信することです。「苦しみもだえている」、それは今、「天にある永遠の住みか」を持っていないからに他なりません。主イエスはわたしたちに身体の復活を約束され、ご自身がその初穂となられました。主イエスは今も生きておられます。「神は、その保証として(ご自身の)“霊”を(わたしたちの心に)与えてくださったのです」。聖霊はまだ自分のものとなっていない新しい「外なる人」が与えられることの手付金です。
 この世の為政者たちが若者たちに、パンのため、平和のため、土地のために命を捨てることを求める時代が来るのを許してはなりません。心の、そして世界の平和を求めるには主イエスのところに来る以外にはないのです。わたしたちに「天にある永遠の住みか」を約束されているのは主イエスだけだからです。

2005年1月16日日曜日

ルカ11章5-13節「門をたたきなさい」

第58号

 〈埼玉(二区)新年合同礼拝〉

 主イエスは、どのように祈ったらよいのかとの弟子たちの求めに応じて、「主の祈り」を教えられました。そして引き続きたとえ話をされました。
 友人が真夜中に立ち寄りました。パレスチナでは、旅行者は熱い日中を避け、日が陰ってから旅をしました。何か起こるとすぐに真夜中になってしまいます。その家には突然着いた友人に食べさせるパンはありませんでした。人々は一日必要な分だけのパンを朝焼いたからです。それで別の友人の家までパンを借りに行ったのです。
 このたとえ話の前提となっているのは、「あの人のところには必ずパンがある」ということと「それが唯一の解決方法」だということです。わたしたち日本人の多くには慎み深い、淡白、潔い、気が弱い、無理強いは嫌い、遠慮がちといった言葉が当てはまります。ですから、その人のところにいく前から「今時分行ったのでは悪い」、「起きていればいいのだが」という気持があります。友人の家に着いても遠慮がちに声をかけます。しかも、中から「面倒をかけないで下さい。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけには行きません」という声がすれば、きっと驚いて、来なければよかった。立ち寄った友人には我慢してもらおう、とすぐにあきらめて帰ってしまうでしょう。しかし、この人は決してあきらめませんでした。与えられるまで戸をたたき続けたのです。

 主イエスは祈りは簡単にあきらめてはならないと言われるのです。「執拗に頼みなさい」、与えられるまで「門をたたきなさい」、そうすれば必要なものは何でも与えられると言われます。事実、生前、主イエスのところに来て断られた人はいませんでした。病気の人、体の不自由な人、その全てが癒されたのです。中には一見断られたように見える人もいます。例えばシリア・フェニキアの女の人は、娘が悪霊にひどく苦しめられていたため、主イエスのところに来て癒してほしいと頼みました。すると、主イエスは自分はイスラエルの民に遣わされているのだと答えられました。それに対しこの女は、小犬も主人の食卓から落ちるパンくずはいただくのです、と答えました。主はこの女の信仰をほめ、癒されました(マタイ一五:二一~二八)。主イエスはこの女の願いを拒絶されたのではなく、謙虚な信仰を試されたのです。

 主イエスはわたしたちに何が第一に必要かを教えられています。それは聖霊です。その霊によってわたしたちの「死ぬはずの体をも生かしてくださる」からです(ロマ八:九~一一)。聖霊によってわたしたちの体は聖なる宮となり、神がわたしたちを支配するようになります。わたしたちは「神の国」の民となるのです。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」のです(マタイ六:三三)。
 パンはわたしたちの飢えを癒します。同じように聖霊はわたしたちの心の飢えを癒すのです。水のたとえと同じように永遠の命の糧となるのです(ヨハネ四:一三~一四)。
 ルカの福音書には「放蕩息子」のたとえが書かれています(一五:一一~三二)。父から財産を分けてもらった息子は遠い外国に行き、そこで放蕩の限りを尽くし財産をすべて使ってしまいます。そして飢饉が起こるのですがこの息子には食べるものがありません。そこで初めて父親を思い起こします。そこにはたくさんのパンがあるからです。帰ってきた息子を遠くから見つけた父親は飛んで行って食事だけでなく必要なものをすべて与えます。このたとえの前提もまた「あの人のところには必ずパンがある」ということと「それが唯一の解決方法」だということです。

 主イエスはわたしたちの心の扉をたたいておられます。わたしたちが扉を開けるなら入って来て一緒に食事をされるのです(黙三:二〇)。聖霊を与えることは天の父の御心なのです。わたしたちの周りには人生という旅の途中に立ち寄った多くの友人がいるのではないでしょうか。真夜中、それは光のない世界で、心の飢え渇きに苦しんでいることを示しています。わたしたちもまた「あの人のところには必ずパンがある」ということと「それが唯一の解決方法である」ことを知らされています。今は恵みの時、救いの時です。しかし、ノアの洪水の時のように、世界は暴虐に満ちています。主イエスの再臨の日は近いのです。終わりの日が来るまでにわたしたちは執拗に祈り続けることが求められています。教会が霊に満たされ、リバイバルが起こること、そして家族、友人、隣人のために祈ることです。祈り続けることをわたしたちのこの一年間の課題にしようではありませんか。

2004年12月19日日曜日

ルカ1章26-38節「生まれる子は聖なる者」

第57号

 〈クリスマス礼拝〉

 ガリラヤの田舎町、ナザレに住む乙女マリアのところに天使ガブリエルが遣わされました。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる」。天使の言葉を聞いてマリアは驚きました。そして天使は、まだ結婚していないマリアに子が生まれることを告げました。そのようなことはあり得ないはずです。しかし、ガブリエルはマリアに「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる」と言ったのです。聖霊は神です(ヨハネ四:二四)。したがって生まれる子の父は神だと言われるのです。ガブリエルは「その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」と言われました。
 神の子が与えられる約束はサムエル記下に書かれています。そこでは主はダビデにこのような約束をしております。「主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる」(六:一一~一四)。ここで主なる神は、わたしがその子の父となり、その子はわたしの子となると言われております。マリアに告げられた主イエスの誕生はその約束の成就でした。

聖書に「神は愛です」と記されていますが、わたしたちは時としてその愛を疑うことがあります(第一ヨハネ四:一六)。私をこのような試練に会わせる神は本当に愛なのかと思うのです。またわたしたちは神の義を疑うこともあります。何故、この世に不正がはこびり、神はそれを放置されているのだろう。神が全能であるなら何故この世を正義で支配されないのだろうかと思うのです。
 しかし、わたしたちは神の聖さについては疑うことはありません。「聖」は神の本質です。創造者なる神と被造物との間には越えがたい壁があります。それは神が聖だからでもあります。マリアから「生まれる子は聖なる者、神の子」です。神はその子の父であるが故にアダムとエバの犯した罪(原罪)の影響を受けていません。そしてその子は、「聖なる者、神の子」であるが故に罪を犯すことの出来ないお方でもあります。実際、生まれた時から死ぬまで少しの罪も犯すことはありませんでした。しかし、その子は同時に、アダムとエバの子孫であるマリアの子でもあります。主イエスは人の弱さを知っておられ、罪の誘惑に会われたのです。主イエスが神であるだけなら人との関係はなくなります。主イエスが人であるだけなら人の罪を救うことは出来ません。神であり人である主イエスであって初めて人を贖うことが出来るのです。それが救い主、メシアなのです。旧約聖書では羊や山羊などの動物の血を犠牲として捧げましたが、動物は人を贖うことは出来ません。儀式は真なるものの型であって、主イエスの血潮による贖いをわたしたちに教えるのです。

天使ガブリエルはマリアに「恵まれた方、主があなたと共におられる」と言いましたが、それは、マリアがお金持ちになる、苦労がなくなるということではありません。マリアの生涯は苦労の連続で、最後は愛する子の死を真近に見なければなりませんでした。しかし、どのような苦難の中にあっても「主があなたと共におられる」ということが恵みなのです。神の恵みを受けるに値しない者にも、主は共におられるのです。マリアは天使から「あなたは神から恵みをいただいた」と言われました。それは「聖なる者、神の子」を宿したからです。主イエスの母となったマリアは神から恵みをいただいたのです。神がその人を通して働かれるのであるなら、だれでも「あなたは神から恵みをいただいた」のです。わたしたちは自由について思い違いをしています。自分勝手に、気ままに生きることが出来るならそれが幸福だと思っています。しかし、本当の幸福はそうではなく神からなすべき仕事が与えられることなのです。それが恵みなのです。マリアが恵みをいただいたのは、「聖なる者、神の子」を宿し、産んで、育てることが出来たからでもあります。
 マリアは主イエスをその身に宿しましたが、わたしたちも心に主イエスを宿すことが出来ます。心の中に授けられた子は「聖なる者、神の子」です。その子がどんどん成長することによって信仰が増していきます。そしてついには主イエスの香りを放す者へと変えられていくのです。わたしたちもまた、マリアと同じように「あなたは神から恵みをいただいた」者なのです。

 

2004年11月21日日曜日

コリント一12章31-13章13節「愛がなければ」

第56号

 

 人は愛した人、愛された人をいつまでも覚えているようです。そのような学校の先生、友達のことは忘れません。また、特に初恋の人は忘れられないでしょう。そして思い出すたびに心が熱くなり、心が豊かになっていきます。しかし、今日の社会の大きな問題は、愛されたことのない人が人の子の親になるということです。そこに幼児「虐待」の現実があります。精神科医の斉藤学先生は幼児虐待には四つの型があるといいます。たたく、落とす、傷つけるといった身体的虐待、言葉や仕打ちによる心理的、精神的虐待、これは外的なものより深い傷を心に残すといわれます。それから性的虐待、そして義務、責任の放棄による虐待です。児童相談所への訴えは年間一万件を越え、実数はその数倍に上るといわれます。職員や専門知識を持った人が足りないため多くの場合、適切な対応が取られないまま放置されているようです。親に愛されなかった人は自分の子の愛し方が分かりません。人から愛されたことのない人は人をどのように愛したらよいのかが分からないのです。

 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである」と聖書にあります(マタイ六:二四)。神と富を同時に愛することが出来ませんし、自分と同じように人を愛することはできません。愛には自己犠牲が伴うからです。自分の欲望がお金で買え、自分さえよければと思うことにより、様々な社会的弊害を生み出します。時に、人は自分の子ですら邪魔になり、殺してしまうこともあるのです。いずれにせよ、人のことを考えていたら自分が落伍者になりかねない厳しい競争社会に生きています。「不法がはこびるので、多くの人の愛が冷える」時代でもあるのです(マタイ二四:一二)。
 神の本質は愛です。「見よ、わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつける」とあるように、神の愛は決して見捨てない、忘れないことによって示されています(イザヤ四九:一五、一六)。ルカによる福音書にある放蕩息子のたとえ話では、子は父を捨てて家を出て行きましたが、父はその子を一日たりとも忘れることはありませんでした(一五:一一~三二)。放蕩息子が家を思い出し、帰ることが出来たのは、息子の罪を御自分の十字架で赦している父がいたからです。その前提なくして、何故、父がこの放蕩息子をとがめることなく赦しているのかが分からなくなります。この放蕩息子の帰りを待つように天の父はわたしたちを待っています。たとえわたしたちの罪はどのようなものであっても、神ご自身のいのちによって既に贖われているのです(ヨハネ三:一六)。
 わたしがアメリカの大学に留学していた時、中国から来た王常明という方がいました。北京の近くの出身でしたが、第二次大戦後、共産党に追われ、国民党と共に台湾に逃れて来たキリスト者でした。台湾で弁護士になるための勉学の最中、牧師となる召命を受けました。そして牧師になりアメリカに留学して来たのです。既に結婚し、二人の子供がいましたが、留学中は親しくさせていただきました。しかし、卒業と同時に彼はアメリカに留まり二十数年の歳月が流れました。その彼が、わたしが牧師になったと聞いて日本にやって来ました。そして彼の口から出た言葉はわたしを驚かせました。毎朝、一日も欠かさずわたしが伝道者となるように祈っていたのです。その祈りが答えられたというのです。中国人でしかもこのように遠く離れていても祈り続けることができたのは主イエスの祈りを祈りとしてきたからに他なりません。

 「信仰、希望、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」とあります(一三:一三)。わたしたちが死んで復活し、御国に入るなら、信仰も希望も全てが現実となります。しかし、愛だけは御国でも続くのです。愛は決して止むことはありません。信仰、希望、愛があれば祈ることができます。しかし、その中で最も大切なのは愛です。愛があれば祈り続けることができるからです。妻とわたしは秋田に住んでいた母のために祈っていましたが、今年のイースターに受洗しました。愛の伴う祈りによって人は救われるのです。愛する者のために祈って下さい。夫、妻、子供、孫のために祈るのです。愛があれば決して見捨てることなくその人を思いやることができます。そして、この愛の祈りの輪を他の人へと少しずつ広げて、大きくしていくのです。今日の社会の問題は自分中心による愛の欠如ですが、祈りによって人を愛することができるように変えられます。そして、わたしたちの教会も「祈る教会」に変えられ、「伝道する教会」になるのです。