2006年3月19日日曜日

マタイ15章32~16章12節「パン種に注意しなさい」

第71号

「パン種」はパンの中で急速に全体に広がり、膨らませ、食べ易くします。イスラエルにあって「ファリサイ派とサドカイ派の人々の教え」もそうでした。主イエスは彼らの「教え」、すなわち「パン種」に注意しなさい、と言われました。
 律法は二種類あります。一つは書かれた律法である聖書、その中でも特に「十戒」と律法書であるモーセの五書です。もう一つはファリサイ派の人々やサドカイ派の「言い伝え」です。「十戒」も「言い伝え」もいずれも大切なものとして厳格に守らなければなりませんでした。しかし、実際にはファリサイ派やサドカイ派の人々は「十戒」以上に彼らの「言い伝え」を大切にしました。例えば、十戒の第五戒には「父と母を敬え」とあります。「それなのに、あなたたちは言っている」と主イエスは言われました。「『もし、だれかが父または母に対して、「あなたに差し上げるべきものは、何でもコルバン、つまり神への供え物」と言えば、その人はもはや父または母に対して何もしないで済むのだ』と。こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている。また、これと同じようなことをたくさん行っている」(マルコ七:一一~一三)。
 神殿への捧げものは任意です。しかし、十戒に背くものは「呪われよ」、と言われ、また「死ななければならない」のです。どちらが大切かは明らかです。ファリサイ派やサドカイ派の人々の「言い伝え」は自分を他の人に対して宗教的に見せかけ、尚且つ、父と母への扶養の義務を怠り、自分の財産を不当に所持し続けることが出来たのです。十戒の第四番目にある安息日の戒めについても同じでした。主イエスの弟子たちが麦の穂を摘んで食べたとき、主イエスが病気を癒したとき、また癒された病人が床を持って歩いたときなど、自分たちの「言い伝え」を根拠に彼らは主イエスの言動を批判しました。それに対し、主イエスは安息日の主は誰なのですか、善いことをするのと悪いことをするのとどちらがよいのですかと彼らに反論しました。

 ファリサイ派とサドカイ派の人々は大勢の人たちが主イエスに従っているのを知って、エルサレムからガリラヤに人を派遣しました。主イエスが彼らの「言い伝え」を守っているかどうかを調べるためでした。もし、主イエスが「言い伝え」を守っているのであれば彼らの権威は保たれます。しかし、守っていないのであれば、彼らの権威や地位、名誉は脅かされることになります。「言い伝え」を守っていないのを知ると彼らは主イエスを殺そうと相談し始めました(一二:一四)。民衆もまた、ファリサイ派とサドカイ派の人たちの「言い伝え」を「十戒」より好んだのです。「コルバン」がよい例で、守るのが容易だったからに他なりません。ファリサイ派やサドカイ派の人たちに主イエスは「偽善者よ」と呼びかけました。常識的な考え方やこの世の知恵によって「書かれた律法」を骨抜きにしてしまったからです。そして彼らの「教え」を「パン種」と呼ばれ、その「教え」に注意しなさいと言われたのです。
 使徒時代の教会で起こったアナニアとサフィラの出来事は、わたしたちに神に偽ることは赦されないことを教えます。アナニアとサフィラは、自分たちの土地を売り、代金をごまかし、その一部を偽って使徒の前に置きました。その結果は死でした(使徒五:一~一一)。中世の教会は、献金すれば罪が赦されると免罪符を売りました。ルターの宗教改革は献金、すなわち「良い行いが人を救う」という教会の「パン種」(行為義認)を否定しました。

 十戒はイスラエルの民が約束の地であるカナンに入って作る「神の国」の憲法であり、倫理基準でした。同じ事は、この世を生きる「神の国の民」であるわたしたちキリスト者にも言えます。
 十戒の第六戒は「人を殺してはならない」です。罪人であるわたしたちは神によって救われました。そのわたしたちは人を殺すことは出来ないのです。「正義」のためなら「人を殺してもよい」のではなく「正義」のために「身を捧げる」ということです。たとえ正当防衛であっても人を殺すことはできません。
 この教えは、個人だけでなくその集合体である国家にも当てはまります。日本は戦争により多くの人命を失い、また広島と長崎には原爆が投下されました。日本の憲法第九条は平和国家として立つことを目的とし、他国との交戦権を否定しています。しかし、時代の流れと共に国家固有の権利としての自衛権を認めるようになりました。神から与えられた日本の使命は、非武装により世界平和に貢献することです。
 個人においても国家においても「人を殺してはならない」は人間的解釈を入れる余地のない神の戒めです。

2006年2月19日日曜日

マタイ14章13~21節「パンを群衆に与えた」

第70号

主イエスは洗礼者ヨハネがヘロデ・アンティパスによって殺されたと聞くと、舟に乗ってそこを去り、人里離れたところに退かれました。それを知ると群衆は湖岸を回って後を追いました。その数は男だけで五千人、女と子供を加えるなら少なくとも一万人はいたと思われます。彼らは異邦人であるローマに税金を課せられ、生活は苦しく、貧しかったことでしょう。主イエスは彼らを憐れみ、御言葉を語り、多くの病人を癒されました。
 夕暮れになると、弟子たちは主イエスに、群衆を解散させ、めいめいが村へ食べ物を買いに行くように言いました。しかし、主イエスは「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」と言われ、五つのパンと二匹の魚で彼らの胃の腑を満たしました。

 ユダヤでは食事を一緒にすることには大きな意味がありました。それは特別に親しい関係にあること、すなわち運命共同体であることを示しました。人種や文化や物の考え方、また身分、階級、教養が異なっていても、それらの相違を越えて一つとなったのです。主イエスは彼らをご自分の食卓に招かれました。
 たった五つのパンと二匹の魚で一万人以上の人々の胃の腑を満たしたこの出来事は、昔、モーセに率いられてエジプトを出てきたイスラエルの民のことを思い起こさせます。その数は成人男子だけで六〇万人と言われ、総数では二百万人を越えたと思われます(出エジプト一二:三七)。神は彼らをマナで養われました。それは約束の地に入るまで四〇年間続きました(出エジプト一六)。しかし、民は結局、荒野で滅ぼされてしまいました。約束の地に入ることが出来たのはごく僅かでした。何故でしょうか。彼らはエジプトの生活を恋しがり、絶えず神に不平不満を言ったからです。(民数記一四:二~四))。ああ、エジプトには美味しい肉鍋があった、家族の団欒があった、しかしここには何の楽しみもない、と(出エジプト一六:三)。それだけでなく彼らは異教の神モレクの神輿やライファンの星を担ぎ回り、また、金の子牛を造ってこれが我々を導く神だと礼拝したのです(使徒七:四〇~四三)。
 主イエスのところに集まって来た人々にも、これと同じことが言えます。彼らは主イエスにパンを求め、病人が癒されることを求めました。そして、ローマからの独立を求め、この世に神の国を建設しようとしました。人々は主イエスを自分たちの王にしようとしました(ヨハネ六:一五)。それは彼らの必要を満たす存在になるということで、その限りにおいて彼らは主イエスを王として敬うということです。かつてイスラエルの民がエジプトを恋い慕ったように、人々の思いもこの世のことだけでした。イスラエルの民が「約束の地」に目を向けることがなかったように、彼らもまた主イエスの説かれた「永遠の御国」に目が開かれることはありませんでした。主イエスはこのような彼らの思いをご存知で、一人、山に退かれたのです。主イエスがこの世に来られたのは、この世のパンを与えるためではなく、永遠に生きることのできる命のパンを与えるためでした。それは物質的な糧ではなく心の糧です。これこそわたしたちの心の深層にある飢え渇きを満たす「聖霊」です(ヨハネ四:一~四二)。多くの人たちは、このような主イエスに失望して去って行きました(同、五:三九~四〇)。十字架を前に、主イエスのもとに最後まで残ったのは僅かな人々に過ぎませんでした。「招かれる人は多いが選ばれる人は少ない」のです(マタイ二二:一四)。

 主イエスは渡される前夜、弟子たちと一緒に食事(「主の晩餐」)をされました(マタイ二六:二六~三〇、1コリント一一:二三~二五)。そこには「パンを取り」、「賛美の祈り」、「パンを裂き」、「弟子たちに与えられた」等の言葉に「五千人の給食」との類似点を見ることができます。しかし、弟子たちとの最後の晩餐には特別な意味があります。昔、ユダヤでは契約を結んだ者同志は、その後一緒に食事をする習慣がありました。主イエスは最後まで留まった弟子たちと契約を結ばれたのです。主イエスは神であるにもかかわらず、ご自身の命でもってわたしたちの罪を贖われました。十字架で流された罪のないその血は、わたしたちの罪を贖う契約の血となりました。この「契約」により、主イエスの贖いを信じ、自分の罪に死に、主イエスの命に生きるなら、わたしたちもまた復活に与ることが出来るのです。
 教会は御言葉を聴くことと聖餐を大切にしますが、聖餐において主イエスはその場にご臨在されると同時に、十字架の出来事をわたしたちに想起させます。大切なのは、わたしたちが今生きておられる主イエスとの食事に与るということだけでなく、二千年前の十字架の契約が確かであることを知ることです。

2006年1月15日日曜日

コリント二5章16~21節「新しいものが生じた」

第69号

《元旦礼拝》

 歴史学者エリアーデの「永遠回帰の神話」を読みますと、世界のほとんどの民は、正月を新しい世界の始まりだと考えているのが分かります。日本の古典落語にも大家さんが何とかして店子の家賃を年内に取り立てようとするのがあります。新しい年になれば借金は帳消しになるからです。新しい世界に古い世界の出来事では、舞台は台無しになってしまいます。そのような世界にあって唯一の神を信じたユダヤ人だけが新しい歴史観を持つようになりました。宇宙には初めと終わりがあり、罪に落ちた人を救われる神のご計画があると信じたのです。キリスト教は、主イエスこそ旧約聖書で約束されたメシアであって、主イエスを信じた者には新しい天と新しい地が用意されていると教えるのです。
 神の本質は聖であって、聖は義と愛です。天の父は御子をこの世に遣わされ、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言われました(マタイ三:一七)。父の役割は子を守り、助けることにあります。しかし、人々が御子の顔に唾をし、平手で打ち、鞭で打っても静観されているだけでした。わたしたちであれば自分の子供が悪くても助けようとします。我が子が無実の罪で殺されようとするなら助けずにはいられません。主イエスは父に対して「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫んで息を引き取られました(マタイ二七:四六)。

 聖書では独り子や初子の死には特別な意味があります。列王記下三章にはモアブの王メシャのことが書かれています。モアブは四〇年間イスラエルの王アハブの支配下にあり、十万匹の小羊と雄羊十万匹分の羊毛を貢物として納めていました。メシャはアハブの子ヨラムの治世に反旗を翻しました。イスラエルはユダとエドムと同盟して対抗しました。メシャは勝ち目がないのを知ると世継ぎである長男を城壁の上で生贄として捧げました。イスラエルの上に怒りが下り、状況が一変しました。「新しいものが生じた」のです。モアブはイスラエルのくびきから自由になったのです。
 イスラエルの民はかつてエジプトで奴隷でした。モーセが現われイスラエルを自由の民としましたが、そのためには過越が必要でした。エジプトの民の初子の死によって状況が一変し、「新しいものが生じた」のです。
 アブラハムは百歳になって与えられた独り子イサクを焼き尽くす捧げものにするよう神に命じられました。アブラハムはその言葉に従いました。刃物で息子を屠ろうとしたとき、天から声がありました。「その子に手を下すな。…あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。…」。それによって「地上の諸国民はすべてあなたの子孫(キリスト)によって祝福を得る」との約束が確かなものとされました。「主の山に、備えあり」、「主は備えてくださる」のです。イサクを捧げることにって「新しいものが生じた」のです(創世記二二章、ガラテヤ三:一六)。

 主イエスは十字架にかからなくてもこの世の王となることが出来ました。しかし、それではわたしたちと神との間に和解は生まれません。罪の問題の解決なくして死の解決もありません。死はわたしたちにとって恐ろしいものです。この世と愛する者との別れです。自らの存在が無に帰することでもあります。自然の死ですら恐ろしいのですが、死が神の裁きであるなら、なおさら恐ろしいものとなります。神の前に立ち、生前の行いに応じて裁かれなければならないからです。神との和解とは罪が赦され、神に裁かれない者にされることに他なりません。この和解のために神は御子をこの世に遣わされたのです。主イエスは十字架によりわたしたちの罪を御自分の上に置かれ、御自身を罪ある者とされました。そして罪あるわたしたちが主イエスの十字架の故に罪のない者とされたのです。神の独り子の死によって状況が一変しました。「新しいものが生じた」のです。

 イエスの十字架により、この世界が古いものとされ、わたしたちに新しい天と新しい地が用意されました。そして、その約束の故にわたしたちはこの世においても既に神の国の民とされているのです。
 わたしたちが主イエスの十字架に倣って自分に死ぬとしたら、それは神の初子の死に連なることに他なりません。神に自分自身を捧げることによって「新しいものが生じる」のです(ロマ書六:一~一四参照)。「新しく創造された者」となるのです(2コリント五:一七)。主イエスの命がわたしたちを生かすようになるからです。神を愛し、人を愛するために生きることができるように作り変えられます。後に続く者のために和解の務めを果たすことになるのです。

2005年12月18日日曜日

マタイ1章18~25節「その子はイエス」

第68号

最近続いて起こっている子供たちの痛ましい出来事は、わたしたちの心を暗くし、不安にさせます。今月の十日の川越市民クリスマスで、説教者の山岡磐牧師(日本基督教団初雁教会)は、大人が子供に話しかけることの出来ない社会が来るとは考えられなかった、とおっしゃっていました。わたしが小さい頃は、学校の帰りに寄り道をし、家に帰るのが遅くなることが度々でした。人を信用できない社会、それは神を信じることの出来ない社会でもあります。聖書には、終わりの日にはお互いの愛が冷えるとありますが、今日の社会を見ると、その時が近いのを知らされます(2テモテ三:一~三)。
 主イエスのお生まれになった時もまた暗い時代でした。イスラエルはローマの植民地でした。「ローマの平和」(Pax Romana)は武力で押さえつけられた平和でもありました。ユダヤを治めていたヘロデ大王もイドマヤ人で、しかも王の座を守るためなら何でもした人でした。そのような時代に主イエスはお生まれになったのです。

 ヨセフはまだ一緒にならない前に、婚約者マリアが身ごもったのを知りました。どれほど驚いたことでしょう。幾日も眠られぬ夜を過ごしたに違いありません。どうして、何故、といった問いがヨセフを苦しめたに相違ありません。婚約者に裏切られる、それは経験した人でなければ分からないかもしれません。マリアを人々の前に公にすることも出来ました。当時のユダヤでは婚約は、法的には結婚と見做されていました。告発すればマリアは裁かれ、その罪の故に死の判決が下されたでしょう。姦淫に対する裁きは今日では考えられないほど厳しかったのです。しかし、ヨセフはマリアを辱めず、命を救おうとしました。それは、生まれてくる子を自分の子と認めた上で、ひそかにマリアと離縁するということでした。「夫ヨセフは正しい人」とありますが、それは「やさしい人」、「思いやりがある人」の意です。しかし、離縁された身重のマリアはどうやって生きていくことが出来るのでしょうか。夫の、あるいは父や兄の経済的支えなしに生きていくことの出来なかった時代でした。それは今日にも言えるかもしれません。
 このように考えていたヨセフに夢の中で天使が現われ、生まれてくる子は聖霊によるものであり、神がその子の父である、それ故、恐れずマリアを妻としなさい、と言われました。
 ヨセフはこのように語る天使の言葉をさえぎって、聖霊によって身ごもるなんてそんな非科学的なことは信じられない、そのような女と結婚したくはない、と断っても世間的には充分正しい人であり得たのです。マリアと離縁し、他の人と結婚し、別の家庭を作ることも出来たのです。しかし、ヨセフは自分の考えを固辞せず、天使の言われたことを信じ、マリアを妻としたのです。

 ナザレの村を訪ねたことがありますが、丘の斜面に立てられた古い町でした。多分主イエスの頃とそれほど変わっていないのではないかと思われました。その時、顔を輝かせた少年イエスが弟や妹たちの手をとって走って来る姿が目に浮かびました。ヨセフとマリアの家庭は主イエスを中心に愛と信頼に満ちた家庭ではなかったでしょうか。ヨセフは主の御使いの言葉を聞いたときから、心の広い人に変えられていました。主イエスが一緒にいるということはそのようなことです。「インマヌエル」とは「主が共にいる」ということです。そして、イエスこそ、「自分の民を罪から救う」お方なのです。ヨセフはおそらく自分の本当の息子や娘よりも主イエスを愛したのではないでしょうか。主イエスが一二歳になった時の宮もうでの出来事がルカの福音書に記されています。主イエスがいなくなった時のヨセフの心配、そして見つかった時の安堵はどれほどのものであったでしょうか(二:四一~四八)。ヨセフは亡くなる時、主の御使いの言葉に従ってマリアと結婚したことを神に感謝したに違いありません。貧しく、苦労の多い生活であっても、主イエスが共にいてくださった生活は、満ち溢れるばかりの祝福に包まれたものだったからです。

 マリアは「聖霊」によって身ごもったということが二度繰り返されています(一八、二〇節)。主イエスはわたしたちの心にも宿られます。わたしたちの内に主イエスが誕生するなら主が共にいてくださる人生を送ることが出来るのです。それが「インマヌエル」です。主が一緒におられるので「わたしたちの罪は許されている」のです。人間の罪と悲惨さとは神から離れていることから生じます。
 この暗い時代に、一人でも多くの方が、わたしたちを罪から救って下さる主イエスを心に宿されるようにと祈ります。そして主が共にいて下さるというこの喜びを多くの人と共にクリスマスに共に分かち合いたいと思います。

2005年11月20日日曜日

マタイ11章20~30節「神に知られているわたしたち」

第67号

わたしたちは時にあの人は自分にとって好ましい、あの人は好ましくないと判断することがあります。どのような基準でそのように考えるのでしょうか。一つには「好ましい人」とは自分の思いどおりになる人のことを指すように思われます。民にとっての良い王とは自分たちの必要を満たしてくれる王です。子供にとっての良い母親は何でも言うことを聞いてくれる母親です。反対に「好ましくない人」とは自分の為に何もしてくれない人です。この世はお互いの栄光を求めます(ヨハネ五:四四)。民は王が自分たちの為に働く限り王として敬い、従います。しかし、自分たちの思うようにならないと反抗し、敵対することになります。
 しかしながら、本当の意味での良い母親は子供の言いなりにはなりません。子供が甘いものを求めても必要以上には与えません。主イエスもまた、人々がどのようなものであるかを良く「知って」いました。それ故、「人々が王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた」のです(ヨハネ六:一五)。主イエスは人々の意向に常に沿う意味での王ではありませんでした。

  当時のイスラエルの人々は、メシアはイスラエルをローマの支配から開放して神の国とし、近隣諸国、ついには世界をご自身の支配下に置かれると考えていました。主イエスがメシアであるなら馬に乗って威風堂々と周囲を圧倒しながら来られ、律法を守らない民を裁かれる筈でした。しかし、主イエスがロバの子(謙遜、柔和、平和の象徴)に乗ってエルサレムに入城なされたことから分かるように、人々が考えるような王とは懸け離れていました(ヨハネ一二:一二~一五)。主イエスがどれほど貧しい人たちや弱い人たちの上に目を注がれようとも、又、奇跡を行おうとも彼らはメシアと認めることはできませんでした。
 かって神の人モーセはエジプトの王ファラオの前で多くの奇跡を行いましたが、ファラオはイスラエルの神を信じようとはしませんでした(出エジプト記五~一二章参照)。ファリサイ派の人たちも主イエスに「今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば信じてやろう」と言いました(マタイ二七:四二)。このような考え方では主イエスがどれ程奇跡を行おうとも神と認めることは出来ないでしょう。
 主イエスは「数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので」叱られました。ベトサイダよ、ゴラジンよ、そして、カファルナウムよ、お前たちは不幸だ。裁きの日にはわたしを知らなかった町々の人々よりあなたがたはもっと多く裁かれる。福音はファリサイ派の人々や律法学者などの知恵ある者、賢い者たちに隠され、貧しい者、弱い者に示されたのだ、と言われました。わたしたちは自分の知恵や知識、信仰によって、主イエスを知ることは出来ません。自分の力に頼らない幼子のような者だけが主イエスのところに来て救われるのです。

  主イエスを「知る」ということは知識ではありません。妻を、夫を「知る」といったように人格的なものです。それは「秘密がない」、「全てが露わ」にされるということで、主イエスと天の父との関係が良い例です。わたしたちは自分から神のところに来ようとはしません。自分の全てが神に知られてしまうと考えるからです。わたしたちは行いが悪いので、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないのです(ヨハネ三:一九~二〇)。しかし、神に「知られている」ということは、本当は心安らぐことなのです。実際、わたしたちは神の前に露わです。髪の毛の数まで「知られている」からです。わたしたちの全てが神に「知られている」ことを「知る」ことによって、わたしたちと神との間に初めて新たな人格関係が生まれます。主イエスとスカルの井戸のところで対話したサマリアの女が良い例です(ヨハネ四:一~四二参照)。この女にとっては初めての出会いであっても、主イエスはこの女の全てを御存知でした。犯して来た罪も含まれていました。「あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない」と言われたとき、この女は自分と話しているお方はメシアであることを知ったのです。同じようにナタナエルを弟子にする時、主イエスは彼に「あなたが…いちじくの木の下にいるのを見た」と言われました(ヨハネ一:四三~五一)。その前にナタナエルは主イエスに「どうしてわたしをし知っておられるのですか」と問いかけています。
 主イエスによって啓示される神は柔和で、謙遜なお方です。わたしたちの全てを御存知で、裁かれず、受け入れてくださるのです。罪の重荷に疲れている者、罪の重荷を負う者は主イエスのところに来ることによって救われるのです。神であるにもかかわらず主イエスはわたしたちの友となってくださり、重荷を代わって負ってくださるのです。

2005年10月16日日曜日

マタイ10章16~33節「だから、恐れるな」

第66号

 ある動物園の一角に覗き窓があり、そこに「世界で最も恐ろしい動物」という立て札が掲げてありました。覗くと人の姿が映りました。動物が人を殺すことはめったにありません。しかしながら、人類の歴史は戦争の歴史でもあります。どれほど多くの人が憎しみ合い、殺し合って来たか計り知れません。また、わたしたちは人を恐れて生きています。
 公式の席にネクタイを締めていなかったため、いたたまれない思いをした経験をお持ちの方がいるのではないでしょうか。皆と違った服装をしていただけでそのように冷や汗をかくくらいですから、人と違った考えを持ち、生きることは大変なことです。周りから浮き上がってしまうこともあるでしょう。そしてそれはキリスト教の信仰を持つ者にとってもいえます。せっかく教会に導かれて洗礼に至っても、そのことを知られないように生活する人もいます。信じることを心の問題とし、外側は普通の人と何ら変わらない生活をする人です。その結果、周りの人は長年一緒にいるにもかかわらず、その人がクリスチャンであることに気が付きません。
 信仰を持っていても人に伝えない、つまり行いの伴わない信仰は死んだ信仰です(ヤコブ書、特に二:一七)。もし、人前で信仰を言い表すならば親しい友が去っていくかもしれません。職場では仕事がしにくくなり、昇進に差し障りが出るかもしれません。また、家族の反対に会うかも知れません。主イエスへの信仰を告白するためには人を恐れる自分の心を克服しなければなりません。正しい信仰には不利益や迫害といった踏み絵がしばしば伴うのです。

 人への恐れを克服する唯一の道は「神への恐れ」を持つことです。それは死を見つめて生きるということでもあります。神だけが「魂も体も地獄で滅ぼすことのできる」お方だからです。人は「体を殺しても、魂を殺すこと」はできません。人の手に落ちるより生ける神の御手に落ちることの方がもっと恐ろしいことなのです。
 「死ぬこととは人のことと思いきや、これ我のこととはこりゃたまらん」という川柳があります。死を考えないようにして生きるのが日本人です。神道の影響です。神道は死を「忌むべき」もの、「汚れ」として触れないようにしてきました。死から目をそむけて生きるその結果、人々は現世中心となり、刹那的、快楽的になるのです。「やれ打つな、ハエが手をする足をする」と小林一茶が詠ったように仏教は命の大切さを教えますが、人間も他の動物も同じ「いのち」と教えます。しかし、それでは牛や豚、鶏を殺してわたしたち人間の食用にするのに、何故、人は殺してはいけないのかが説明できません。キリスト教だけが、人は他の動物とは異なると教えます。それは人だけが神に「かたどり」「似せて」造られたからです(創一:二六、二七)。人だけが神の霊を心に宿すことができます(二:七)。人だけが永遠を思い、愛を求め、生きがいを求めるのです。ただ食べて、寝て、息をするだけでは生きているとはいえないのです。動物にとって死は単に偶然であり、必然ではあっても、人間にとって死はそれだけではありません。罪の結果が死であり、死は神の怒りだからです。死は人にとって神の前に立つ恐ろしい裁きとなるのです。
 神のことを考えずに自分のことだけを考えて生きることは良いことなのでしょうか。神の裁きである死を見つめて生きることはわたしたち人間にとって大切なことです。死を見つめることが生を見つめることであり、生を見つめることは死を見つめることでもあります。わたしたちは常に死に目を向けて生きなければなりません。アダムとエバはエデンの園で絶えず神の掟をみて生きていました(二:一六)。また使徒パウロもまた肉体にとげを与えられました(二コリント一二:七)。死を見つめることはわたしたちに神の存在を覚えさせ、正しく生きなければならないことを教えるのです。

 「だから、恐れるな」、それは固く神の「摂理信仰」に立つということでもあります。全ての出来事の背後には神がおられます(創三七~五〇章、ヨセフ物語)。この世の出来事は現象に過ぎません。「二羽の雀は一アサリオンで売られて」います。しかし神の「お許しがなければ、地に落ちることは」ないのです。わたしたちの「髪の毛までも一本残らず数えられて」います。これらのことは終わりの時に全てが明らかにされます。最後まで耐え忍ぶものは救われるのです。その時、主イエスを知らないと言う者は、主イエスもまたその人を知らないと言われます。神は生きておられます。主イエスを救い主と告白し、行動する者は永遠の命に導かれるのです。「だから、恐れるな」、人を恐れてはならないのです。神を恐れなければならないのです。

 

2005年8月21日日曜日

マタイ6章1~15節「主の祈り」

第64号

 
「主の祈り」は主イエスが弟子たちに「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。だから、こう祈りなさい」と教えられたものです。二人以上のキリスト者の集まりで祈られ、公同の祈りとして教会の礼拝で用いられます。
 主の祈りは六つの祈願から成っています。前の三つは神に関することです。後の三つは人に関することです。

 まず、「天におられるわたしたちの父よ」との呼びかけで始まります。天地の創り主を「父よ」と呼びかけることのできる恵みを感謝したいと思います。神の霊を与えられることなしにすべての被造物の創造者である神を「父よ」と呼ぶことはできません(ロマ書八:一三~一七)。わたしたちの心に、「神の霊」、「キリストの霊」が宿っているのです。わたしたち自身の霊もまたそのことを証しています。子であれば相続人でもあります。キリストと共に神の国を継ぐことができるのです。
 天の父への呼びかけに続く最初の祈りは「御名が崇められますように」です。主イエスを信じる前、わたしたちは神の御名を崇めませんでした(ロマ書一:二一、二五)。自分自身が神でした。しかし、主イエスの十字架の贖いを知った時、自分の罪を知らされ、御名を畏れ、讃美するようになりました。アダムとエバの犯した罪によって虚無に落されてしまった被造物全体もまた御名を崇めたいと思っているのを知らされるのです(ロマ書八:二〇~二二)。
 二番目の祈りは「御国が来ますように」です。「御国」は神が王として支配する国です。それは罪が除かれている新しく創造された国です。この御国の完成こそがわたしたちキリスト者の最大の希望です。この王国は主イエスの来臨と共にもう既にはじまっております。わたしたちは新しいエルサレムである新天新地の一員としての自覚を持って生きることが大切です。
 三つ目の祈りは「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」です。神に関する最も大切な祈りで、主イエスもまた十字架に渡される前夜、ゲッセマネの園で、「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」と祈りました(マタイ二六:三九)。
 人に関する最初の祈りは「わたしたちに必要な糧(パン)を今日与えてください」です。モーセに率いられてエジプトを出たイスラエルの民は荒れ野で朝、一日分だけのマナが与えられました。主イエスは愚かな金持ちのたとえを語られました。その人は大きな蔵を建て生涯の食べ物を蓄えました。しかし、天の父は「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意したものは、いったいだれのものになるのか」と言ったのです(ルカ一二:一三~二一)。内村鑑三は「一日一生」のなかで、人は朝、生まれ、夜、死ぬ、と書いています。一日の苦労はその日一日だけで十分です。
 人に関する二つ目の祈りは「わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように」です。「負い目」とは本来なすべきことをしていないことを意味します(マタイ二五:四二~四三)。赦しには「悔い改め」が伴います。罪を告白し、悔い改めることによってはじめて和解が生まれます。神に自分の罪を赦してくださいと祈りながら、相手の自分への罪は赦さないとすることは出来ないのです。「赦すこと」と「赦されること」は不可分です。同時に、わたしたちは相手を「赦す」ことはできても受けた痛みを「忘れる」ことはできないことを知らなければなりません。
 人に関する三つ目の祈りは「誘惑にあわせないで下さい」です。「誘惑」とは悪魔が人を神から切り離そうとすることです。悪魔は人格を持った存在で、神に敵対し、この世を支配しています。悪魔との戦いは、神に委ねる外に勝ち目はありません。
 「主の祈り」の最後は「み国も力も栄光も、とこしえにあなたのものだからです」です。この箇所は福音書にはありません。教会の礼拝の祈祷文として唱えられるようになったとき、追加されたものと思われます。

 神学者バルトは人間の父性は神の父性に似せて造られた、と言います。独り子のイサクを神から焼き尽くす捧げものとするように求められたアブラハムの苦悩は、天の父が御子イエスを十字架につけた苦悩に通じます。主イエスはすべての人の罪を赦すために十字架に付けられ、神との和解を人々にもたらしました。信じる者は誰でも救われます。人種や国籍の違いはありません。先に救われた者は主イエスに感謝し、まだ救われていない者へのとりなしの祈りをするようになります。
 八月は初めて原爆が投下された月であり、日本の敗戦の月です。主イエスがもたらされた和解のため、平和のため祈りたいと思います。